星とメランコリー | ナノ
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行列のできる男子


跡部さんとちょっとした世間話をしてからコートに行くと、白石と忍足がいつの間にかジャージに着替えていてテニスの試合をしていた。相手はこの学校のテニス部、他の部員とジャージが違うことからしてレギュラーかも。クラスメイトとしての白石としかほとんど関わってきてないけど、そういや白石ってテニス部の部長だったな。あまりテニスには詳しくないけど、体育の授業でテニスをしてるのとは全然違うテニスがそこに存在していることに思わず感動してしまった。フォームが全然違う。白石のフォームも綺麗だったけど、忍足もすごい。視界にしっかり捉えていたはずなのに瞬きした瞬間まったく別の場所に移動してしまっている。すぐにフェードアウトさせられてしまう。あの人の前世はきっと忍者だな、むしろ現役かも。なんて冗談を言おうとしたけど隣に居るのが跡部さんだったのでやめた。なんか冷ややかな目で見られたら立ち直るのが難しそうだ。
チラッと跡部さんの方を見れば彼もいつの間にかジャージに身を包んでいた。この人ももしかして忍者だったんじゃ、なんて飛んだ発想を続けてしまうなんて私らしくないなと冷静さを取り戻した。

「そろそろ、約束を果たしてもおうじゃねーの」

跡部さんはニヤリと笑いながらラケットを手にとった。ヘリの中で白石が目的地でおろしてほしいと頼んだ時に、跡部さんは交換条件を出してきたのだ。その条件というのが跡部さんと試合すること。白石はそんなら喜んで、と返していた。忍足さんと忍足(なんてややこしい…)に跡部さんは「そっちはおしたりーずで試合したらいいんじゃねーか?」と冗談を飛ばしていたけどおしたりーず結構乗り気だったな。そんな忍足と白石は女の子たちと楽しそうに喋っていて、胸のあたりがざわざわしてきた。
声をかけた子たちとは別の子たちも増えて、まるでアイドルだ。顔いいしたぶん誰の目から見てもかっこいいし騒がれても何も不思議じゃないし、むしろ(今の私だからかもだけど)当然だと思う。
私のこと、助けてくれるんじゃないの?見返す手助けをしてくれるんじゃないの?
なんだか悪役のようなことを考えているんだけど、この際誰が悪役かなんてもうどうでもいい。誰が正しくて悪くてなんて既に曖昧になって関係なくなってしまったのだから。
どうしてその子たちと仲よさそうに喋ってるの?笑ってるの?その子たちに向ける笑顔が羨ましい、私に向けてほしいと願ってしまう。さっきまで隣に居たのに今は別の子たちの隣にいる白石を見るのが辛い。たったこれだけのことでこんなに焦がれるなんて私もどうかしてる。
あの子が笑ってるあの子も楽しそうに笑ってる、私はあんな風に笑えないのに。笑えないのはあなたたちのせいなのに。醜い感情が渦巻いて、胸の中がざわざわうるさくて自分がどうしようもなく惨めな存在に思えて悲しくなってきた。瞬きをしたら溜まった涙が落ちそうだったから限界まで我慢してたのに、跡部さんが私に声をかけながら肩に手をおいた衝撃で溜まっていた涙の雫が落ちてしまった。声をかけられているのに声を返せない。何て返したらいいか解らない。自分の醜い部分を晒せというのか。そんなの無理だ。それに何の事情もしらない彼に私の現在の気持ちを突然晒しても困らせてしまうだけだ。いきなり泣き出してることで既に困らせてしまっているけど。

「おい、涙拭け」
「…っ………」

俺様キャラと思いきや彼は紳士キャラだったようで涙のわけも聞かずにスッとハンカチを差し出してきた。受け取るか受け取るまいか迷っていたら、いいからとりあえず泣き止めと強引にハンカチを握らされてしまう。それでも使おうとしない私を見た跡部さんは溜息を吐いてから「甘えん坊か?」なんて言いながらハンカチを持つ私の手を握った。甘えん坊。その通りだ、私はとんだ甘ちゃんだ…自覚しているのに誰に言われようと何より自分が解ってるんだからどうもしないと思っていたけど、いざ言われてみるとぐさりとくるとこがある。
私の手を握った跡部さんはまたも強引にその手を目元まで持っていって半ば無理やりにだが涙を拭わせた。

「白石が、勝ったぞ」

よく見ておかなくていいのか?と私を試すように跡部さんは言う。この人なんで私が白石に好意を寄せてるって知ってるんだ。まさか忍足が喋ったとか?
何で?と顔に出ていたらしく跡部さんは私から白石の方へ向くと「白石しか見てねーんだよ、バレバレだぜ」と口にした。そう言われて一気に顔が熱くなる。うわ、恥ずかしい!私ってそこまで解りやすかったんだ…ということは白石は既に私の気持ちに気付いて…!?
優しいのは彼なりの私への気遣いだろうか。私の気持ちには応えられないけどせめて私の苦しみを少しでも減らしてやれたらっていう白石の優しすぎる性格なのだろうか。うわなんだうわ、うわ…頭の中ぐらぐらしてきた。
とはいえ白石から視線を外すことができない。白石が勝つのなんて、私にしたらきっと当たり前のようで。白石が負けるなんて考えられなくて想像なんて出来ない、それは私がそれほど彼に盲目だということだろうか。スポーツに疎い私はテニスもあまり詳しいわけじゃないけどそれでも白石の勝利には絶対的な自信があった。それは何故かという疑問はすぐに跡部さんの言葉で解消された。

「圧勝だったな」

まあ当然だなと付け加えた。試合を終えた白石の元へ女子たちが群がる。私の汚い感情も私の心の中に群がってきた。ああもう白石作戦なんていったけどただ女の子たちに囲まれてちやほやされて白石はへらへら笑ってるだけじゃない!なんて一人心の中で格闘もとい白石に対する八つ当たりをしていた。忍足も白石となんら変わらない状況にいた。忍足までも彼女たちに囲まれてでれでれしている始末だ。何がなんだか解らない。解らないよ、だって私の味方でいてくれるはずの二人が私の味方には決してならない人たちと仲よくしてるんだ。
それも仕方ないけど。私はまだ何もしてない、ただ二人に言われるがままにして。自分は本当に二人に任せっぱなしなのだから。そう諦め始めた時不意に跡部さんに手を引かれる。

「えっちょ、」
「行くぞ」
「いぃくって…!」
「白石たちのとこに決まってんじゃねーか」
「や、やだっ」
「アーン?」
「だって、あそこには…」

あそこにはあの子たちもいる。あの子たちがいる。今更だけど、本当に今更だけど、覚悟決めましたみたいなこと散々自分に言い聞かせてたけど、やっぱり怖いし。ああでもそれじゃダメだ、解ってるのに、解ってはいるのに。色々葛藤している私なんてお構いなしに跡部さんはぐいぐい私を引っ張って白石とその周りの女子軍団に近づいていった。
白石は背中を強引に押すタイプだけど、跡部さんはきっと無理やり引っ張っていくタイプだな。