星とメランコリー | ナノ
×

心の底で巣くう闇


私が前の学校の名を口にした途端、白石は跡部さんにそこが目的地だと告げた。東京にいきなり飛び出すなんておかしいと思った。一昨日から、白石が深刻な顔をして私を誘った理由を考えていた。白石だけじゃない、忍足の私に対する言動行動全てに気をはらっていたのだ。それで浮かび上がった一つの可能性。ああ、やっぱりそれは現実になってしまうのか。白石が、忍足が、私にどうさせたいか分からないし、二人が何故ここまでするのかも理解に苦しむ。
なんとなく予感はしていたけど、やはり現実のものになると思うと冷や汗が、震えが止まらない。行きたくないやめて、あなたたちにこんなことする権利なんてない、という主張をしないのは何故か。恐い恐いと震えて行きたくない戻りたくないあの場所になんて二度と足を踏み入れたくない、そう思うのに二人にされるままにされているのは、きっと私がこのままじゃいけないと思ったから。自分なりのけじめをつけなくちゃいけないと思ったから。自分自身の置かれている場所から逃げ出したかったから。もっと人を信じてみたくなったから。二人がここまで私にしてくれる理由なんて解らないけど、私が過去からの脱却を望んでいることを二人は解っていてその手助けをしたいと思ってくれていることは解る。二人がなんとかして私を救いだそうとしてくれてるのも事実で私はそんな二人に応えたいと思った、だから二人に制止の言葉をかけられずにいた。
二人はどうして私なんかのためにここまでしてくれるの?こんなことまで出来るの?

爪先から力が抜けていく。この場所この景色この感覚、私は知ってる。私は、まだ覚えている。
覚えている、この前までこの感覚を忘れていたのだけどじわじわとあの頃の恐怖が感覚が蘇ってきた。ここは私が以前に通っていた学校の校門で、私が眠れなくなった原因の場所。白石が私を見て一言謝ってきた。今更何に対しての謝罪なんだ。ここまでしてごめんの一言で許される気でいるのかこの男は。

「そんな言葉、いらない」

足に感覚が戻らない。それでも力いっぱい踏ん張ってふらつかないように自分を繋ぎ止めた。ごめんなんていらない。だから私がこの門をくぐって、出てきた時に泣いちゃったら傍にいてほしい。隣に居てくれて、頑張ったねってそれだけ一言ちょうだい。
私に白石はどうしてほしいんだろう。私はどうしたらいいんだろう。何でここにいるんだろう、何故この場に私は存在しているんだろう。解らないことだらけだし何一つ纏まっても答えも出してない。だけどここから動かなければ何も解らないままかもしれない。もしかしたら何かアクションを起こせば自然と私のしたいことが見えてくるかもしれない。そんな気持ちで一歩を踏み出した。門をくぐる。この道を私は毎日どんな気持ちで歩いていただろう。校舎に入ったら私の悪夢はスタート。なすすべもなく私は暇つぶしの道具になり果てていた。そんな自分を受け入れていたつもりだけど、受け入れただけじゃ私一人の心も救えはしなかった。見返してやりたい、私なりのけじめってそういうことじゃないんだろうか。でも見返すってどうやって?
惨めだった自分を受け入れて、私は思った事が一つある。私なりのやり方で見返してやりたい。過去の自分を救う言葉を私は知っていた。それが現実させられるかは未来の私次第だけど。
過去にけじめをつけるんなら、やっぱり彼女に、彼女たちに会わなければならないのだ。
ちょうど、チャイムが鳴った。ああ、下校の時間だ。

「ほな、行こうか」
「……はい?」

いざと意気込んで校門を過ぎたはいいけど、何故か白石と忍足が両隣で清清しい笑顔を浮かべている。行こうかって何ですかどこにですか、私今歩き出そうとしたんですけど。

「名前一人で行かせると思っとるん?」
「そんなん俺たちが付いて来た意味ないやん」
「え、そうだけど、え、いやそうなの?」
「思いっきり、見返してき」

こんな流れでいいのかと若干拍子抜けしたのだけど気を取り直して足を再び動かしはじめる。そして気付く。何処へ向かったらいいんだ?


「ど、何処に行ったらいいんだろう…」
「何や決まってなかったんかい」
「だって忍足たちがここまで急に、何の説明もしないで連れてきたんだよ!いきなりすぎてもう頭いっぱいいっぱいなんだから、何も考えられないし見返したいけど、どうしたらいいかも解らないんだよ!」
「まあまあ名前さん落ち着きや」
「俺に考えがあるから安心してええで」
「それ先に言ってほしいんですけど!」

そして何故か入ったばかりの校門を出てしまった。え、私がどれくらい勇気絞り出してこの門通ったと思ってるんですかこの人たち。何あっさり「ほなまずこっち来て」なんて外に連れ出してくれてるんですか。何か策があったなら初めから言ってよ。

「こわい?」
「こわいよ、そりゃ…」
「これからもっと怖い思いするかもしれん、けど今日で怖がるのやめにさせたる」
「どう…やって…?」
「苗字さんは俺ンこと信じてくれたらええ。俺たちが絶対守ったるから」

白石はいつもの優しい笑顔で、私を安心させるようにそう言った。その顔もその台詞も反則だ。この顔でこの言葉でこの人が落とせない子なんているんだろうか。忍足が私の隣で「さっむいわほんま…」とぼやいていた。いや私はほっかほかになっちゃいました。

「苗字さんが見返したいんは誰?」

誰…そんなの………
誰だろう。私のことを喋った友人?
私と口論になった首謀者の子?
私は別に恨んでるわけじゃない、だけどこれまでの恐怖から開放されたい。恨んでいるわけじゃないけど、見返してやりたい。その人物は、やっぱり首謀者のあの子かもしれない。

「出て来たら教えてな?」
「ね、ねえそんなの聞いてどうしたらいいの?私がいきなり出てっても…」
「実はさっき跡部くんから色々と情報をもらってなぁ」
「俺たちの力っちゅーたらそれしかないしな」
「ん?」
「まあ見とって」

何か悪戯を企んでいる悪がきのごとくニヤリと微笑んだ白石に背中がぞくりとした。この顔の白石はなんか慣れないなぁ。忍足がまた「こいつこんなキャラやったか?」と呟いた。
それからしばらくして私はある人物を視界に捉える。その瞬間冷や汗がどっと出て来て呼吸が止まった、気がした。もしかしたらこの前と同じ症状かもしれない。忍足があかんと言ったのが耳に入ってきた。

「大丈夫やから、落ち着いて、一旦息止めてゆっくり吐き出してみ」
「…はっ…あの、子…っ…」
「…えっ…!……」

忍足に肩を支えられる。落ち着いて、大丈夫。隣に白石がいる忍足もいる。大丈夫。私を支える忍足のシャツをぎゅっと握ってもう片方の手で一点をさす。震える指先を辿って白石の視線も私の捉えていた人物を目にした。

「あの茶髪の子?」

白石の声が一段低くなった。小さく頷く。忍足が優しく背中をさすってくれた。徐々に呼吸も楽になって落ち着いてきた。目を瞑る。そしてゆっくりと目を開いて前を向く。そう、あの子。私がここに居た時となんら変わっていない。茶髪に派手な格好。そして彼女の取り巻き。その中に私が前まで仲良くしていた子を見つけた。何も変わってないと思ったら変わったこともあったみたい。なんだか胸に穴が開いたみたい。この気持ちなんだろう。何て表せばいいんだろう。散々裏切られて、希望なんてこれっぽっちも抱いてなかった。それなのにショックにも似た感情が沸く。何が不満なんだ。何が?そんなの、全部だろう。
自分を偽るのはやめよう、どんなに汚くても受け入れよう。私の心が穢れていようと綺麗じゃなかろうとそれが本音ならどうしようもないのだから。私はもう素直に笑ったり、人を怖いと思ったりしちゃうのに。あの人たちは何も変わらず昔も今も楽しそうに笑う。人なんて怖いと思わない、私から奪っておいて彼女たちは何も失っていないことが、不服なんだ。何かを得ていなくても失っていないだけ彼女たちは私よりも上に立っていることが不満なんだ。
こんな自分に涙が出そうだ。考え方が卑屈だなあと苦笑いが出た。

「名前はここに居って」
「えっ?」
「大丈夫やから。しばらくしたらコート来て」
「コート…?」
「テニスコート、苗字さんなら場所も分かるやろ?」

そう言って二人は笑顔で、私をその場に残して下校していく生徒たちとは逆の方へ進んでいった。
すれ違う生徒たちの中に私の知ってる顔は今のところいない。もし、私の知っている人とすれ違ったらどうするんだろう。二人が傍を離れてから急に怖くなった。どうしよう、足がすくむ。腰が抜けそうだ。

「大丈夫かよ、顔色悪いぞ」
「え、あ、跡部さん…?」

ここまで案内してやったんだちょっとくらい首つっこんでもいいだろ、そう不適な笑みを浮かべながら跡部さんは言うのだけど。私でさえ何がどうなってこうなってるか解らないのに首をつっこむと言われても何に?としか答えられない。ていうか何でいるんですか。

「わけありっぽいな」
「…まあ…」
「白石たちはどこだ?」

そこで跡部さんに向いた目を再度白石たちへ戻す。白石たちは私が指した人物と笑顔で喋っていた。私のため、なんだよね?そう思っていながらあまりいい気はしない。
そして彼女の表情も気に入らない。嬉しそうな顔。ああ、彼女たちはよく人気の男子のことで騒いでたんだった。白石も忍足も容姿は学校の中でも五本指に入るくらいにかっこいいはず、彼女たちが喜ばないわけがない。
しばらく楽しそうに喋っていたと思ったら、彼女たちに連れられてどこかに行ってしまった。不安が増大した。私の視界から二人が消えてく、あの人たちと一緒に。嫌だ、そんな嫉妬の気持ちと憎悪の気持ちが沸いてきた。けれどすぐに白石の言葉を思い出す。

「たぶん、テニスコートに」
「そうか」
「しばらくしたら来いって…」
「しばらく、ねえ。じゃあそのしばらくの間俺の相手でもしてもらうとするか」
「へっ?!」
「もっと人目につかない場所はないのか?」

そう言われてから跡部さんが注目されてることに気付く。スポーツしてる人は爽やかなイメージがあるけどさ、テニス部ってイケメン揃いなんだろうか?

「体育倉庫の傍、とか?」
「ハッ無難だな」

ん?今鼻で笑いませんでした?と言おうとしたけどやめた。無難、その通りだと思ったから。

「そこからコートは近いのか?」
「まあ、グラウンドからそう離れてないし、テニスコートもすぐだったと思いますけど…」
「案内しろ」
「は、はい…っ」
「それと、敬語じゃなくていい」
「はい……」
「聞いてんのか?」
「聞いてる、けど…だって初対面だし、跡部さんと喋るの緊張するし、私人と喋るの得意じゃないし…」

俯きながら告げると、跡部さんはふっと小さく笑った。

「その割りによく喋ってくれるな」
「え、…?……」
「なんでもねーよ」

この人こんな優しそうな顔で笑えるんだ。
偉そうなだけだなんて思ってすみませんでした。心の中で謝っておいた。第一印象も大事だけどそれだけで決めるのはよくないよなあ、反省。人は見かけによらないな本当。跡部さんが偉そうなのは性格ってだけだし、それで優しくない人と断定してしまうのはいけなかった。うんうん。





「何で跡部、俺のこと誘ってくれんかったと思う?」
「知らんわそんなん、ちゅーか俺今忙しいからまた後でな」
「何や謙也まで俺のことそない扱……」
「(…お前がおったら面倒やから置いてかれたんやろ)」
「電話、忍足くん?」
「忍足くん?!きもいわ!白石くんなんて俺に言われたらきもいやろ!」
「お前のことちゃうからな」