星とメランコリー | ナノ
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君の世界へ飛び込む


「なあ謙也」
「なんや」

買ってきたパンをお互い胡坐をかいて向き合いながら食べるという光景は、はたから見たら至極不思議な図だろうと考えつつ俺は白石の顔をがん見しながらパンを頬張る。
俺は正直気持ち悪い、白石も気持ち悪いけど俺も気持ち悪い。何が悲しくて男が至近距離で顔を合わせながら昼飯を食さねばならないのだろう。それでもお互い顔を背けたり場所を移動したりしなかったのは、互いに思うことがあったからだろう。白石と顔を合わせてから俺はずっと白石のことばかり考えている。あれなんや俺気持ち悪いな、俺が白石に気があるみたいやな。ありえへんけど。

「お前、俺のことそんなに好きなんか?」

な、なん、なんっちゅー気色悪いこと言ってんねんこいつ!んなわけあるかボケ!と叫びたいのに言葉が出ない。口いっぱいにつめたパンを危うく白石の顔面に噴射するところだった。噴射したったらよかったわ。
白石がアホな事を口走るもんだからほっぺいっぱい詰め込んで幸せやーの空気は破壊され俺の気管も破壊された。

「お、お前こそっ俺のことどんだけ好きやねん」
「俺ってお前のこと好きやったんかな」

白石は真面目な顔でそう言いながら牛乳を渡してきた。こいつ頭の中どっかでいじられでもしたんかな、怪訝に満ちた目で白石を見ていたら胡坐かいて俺を見つめていた白石が「冗談はこれくらいにして本題入ってもええか?」と横になりながら訊いてきた。こいつ昨日からタチ悪い冗談ばっかりやないっぺんしばいたろか…いや部活で倍返しにされるからやめとこ。
ちゅーか本題てなんや。しかも食べ終わってすぐ横になるなんて白石が、あの白石が…ありえへん。本題というのはそれほど重大なものなのだろうか。白石がこんなわけわからんキャラになってしまうくらいに。

「本題って?」
「明後日のこと」
「ああ、何で俺も一緒やねん」
「苗字さんの、話なんやけど」

白石は両腕で目を覆いながら深い溜息を吐いた。自分を落ち着かせるように息を吐いた白石の表情は腕が邪魔して見えなかったけど、難しい顔をしていることが容易に予想できる。

「ここに越してきた理由、なんやけど」
「親の転勤なんやろ」
「ん、まあそうなんやけど」
「でもほんまはちゃうんやろ」
「……聞いたんか?」
「まあ、」

そうか、小さく返した白石は寝返りを打って俺に背を向けた。

「謙也は過去やと思う?」
「は?」

白石のいう過去がどういう意味をさしているのか考えてみる。俺なりの解釈でいいなら答えは簡単に導き出せたのだが、俺の考える過去と白石のいう過去の意味は違うのだろうか。彼女の身に起ったこと自体は過去のものだと白石は言いたいのか、そうじゃないのか。

「…過去にはならないんちゃう?」
「俺な、現在進行形やって思うんやけど」

白石はそう言って身体を起こした。こいつの言う現在進行形というのはきっと彼女の受けたものは過去として終わったものじゃなくて今もなお行われていることをさしているのだろうか。俺と白石の考えは一緒ということでいいのか。
現在進行形、白石の言葉を反芻してみる。ああ、その例えが一番しっくりくるかもなと納得した。
彼女は過去に対して苦しんでいる。けれど苦しんでいるのは過去なんかじゃなくて現在で。今も苦しんでいるんだから、ただ過去のことだと割り切れも現在は違うとも言い切れない。
彼女の苦しみ自体は現在も進行していて、過去じゃない。

「謙也に言われて、俺なりに考えてみたんやけど」

この数秒後に、俺は本気で目玉がぽろっと落ちるかもと思うくらい目を見開き、顎が外れるくらいの勢いで口が開くほどの衝撃的発言を耳にするのだった。
白石の考えは解らないでもないが、俺はどういうアクションを取ればええねん。とりあえずつっこんどく?