星とメランコリー | ナノ
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無害な喧騒



教室のドアの影に隠れながら教室の中を覗き見る。そんな私の後ろでは忍足監督が目を細めて私の動きを伺っていた。ちょうど今は2時間目が始まる前の昼休みの真っ最中なのだが(1現目は結局2人丸まるサボってしまった、2現目からは忍足だけ授業に参加していた)教室には多数クラスメイトが残っていてその中に白石もいた。うぅぅぅ、怖気つく私の背中を無理やり押した忍足が「はよ中入り」と急かした。ちょっと待ってください監督まだ心の準備できてませんんんなんて私の思いも空しく足を若干もつれさせる感じで教室の隔てを横切ってしまった。あ、とクラスの皆の目がこちらに向けられた。ちょっと待ってこういうの無理私たぶんいや絶対向いてないよ、皆私見てるんだよ恐いんだけど!
私もクラスも無駄に一丸になって沈黙を守っていた。いやなんか言ってください。私から行かなくちゃなのは解るけどもその辺はまだ見逃していただきたい。そう誰にだか願っていたら後ろから着いてきた忍足が「はよ自分の席着き。白石もちゃんとこいつと話せなあかんで」とまたも私を急かして何故か白石にまで声をかけた。忍足、私今白石との関係がどうのってことでクラスに反発かってこんな状況なんですよ、何でわざわざ火に油注ぐんですか、火事で済む事態じゃなくなりますよ、私全焼するかもしれませんよ忍足監督うううう
目いっぱい講義したいけどもはいとしか言えない自分が情けないですほんとに
とりあえず自分の席に着くもクラスは未だ硬直状態が続いていて、白石も何がなんだかというあまりよく分からない表情をしながら私の所までやってきた。お互い何を話していいのやら、ていうか自分が今からどう、どんな行動を取っていいのかまったく分からないんですけど。忍足監督がせかせか私の背中を無理やりに押したせいで考える時間がほとんどなかった。いや時間はいくらあったとしても何も思い付けなかっただろうけど。

「あの……さっきはすみませんでした」
「は、え…?」

小さな声で謝罪の言葉を述べてみたけど返ってきたのは現状を把握していないような白石の声。そりゃそうだ、わたしだって何に対して誰に対してどんな風に謝っていいのか分からないんだから。

「私、すごく最低なことをしたとおもう、すごく…あの、ごめんなさい…」

頭をがばっと下げる。額が机と対面してごちんという音が響く中未だ教室内は沈黙を保っていてそろそろ誰か騒いでくれないかとじんじん痛む額に涙を浮かべながら思った。
もうどうしたらいいんだ、どう頑張ったらいいんだ。数学の問題解くよりも難しい。次はどうしたらいい、このままどう動いたら正解になるんだろう。この空気を打ち破れるんだろうこんな難解な問題を解決させることが私に出来るんだろうか。思考をめぐらせていたら白石が突然大きな声で「私」と叫んだ。え、と顔を上げる。白石はクラスの皆を見ながら、言葉の先を続けた。それは私が今口にした言葉で、白石がそれをクラスの皆に代弁してくれて。私の顔は徐々に熱を帯びてぐにゃりと視界がぼやけてきた。

「って言うてるけど、皆どうする?」
「……え、」

ざわり、胸騒ぎ。心臓のところが寒くなった気がした。これで許されるなんて私はなんて単純でバカなんだろうか。甘すぎた。

「俺は別にええと思うけど」
「いやお前おれへんやったろ」

忍足が笑いながら言えば白石がつっこみを入れた。そこからクラスにもざわめきが戻ってきてくれて、私はとりあえずほっと胸をなでおろした。何も解決してないんだけど、静粛よりはまだいいかな。
そうだ忍足は、私にもうちょっと頑張ってもらおうって言ったんだよ。それって我慢しろってことなんじゃないだろうか。味方でいてくれるから私は精一杯我慢して終わりを待つって、そういうことなんじゃないだろうか。
もう逃げるだけはやめようと決めたのだから、それくらいどうってことないって思わなくちゃいけないんだ。強くありたいと願うなら、それくらいの覚悟がなくてどうするんだろう。ただ許されたいなんてそんなの私だけのわがままで何の償いにもならないじゃないか。
自分の覚悟を再確認したところで唇をぎゅうとかたく結んだ。

「ま、皆そこまで怒ってへんし。苗字さんは悪くないしな」

そう言って白石はいつもの優しい顔をして、頭を撫でた。私は悪くない?

「あんなまくし立てるようなことして悪かったって、むしろ俺らが反省してたくらいやしな」

そう罰の悪そうな顔で誰かが言う。ま、お互い様っちゅーことで。そこで幕が下りてしまった雰囲気になって、私は安心していいのか何なのか拍子抜けしてしまった。

「みんなが、優しくてよかったです…」

一気に脱力してしまって、声に力が篭ってない。白石がプッと噴出す、それに倣って忍足も笑い出して何故かみんなに笑われてしまう。え、あれ何で?
とりあえず一件落着なの?と思っていたら忍足に「一応直接話した奴には直接謝っとき」と耳打ちされた。

「うん、そうする…」

だから後でその子の名前教えてください、そうこそっと言えば忍足は「お前なぁ」と顔を引き攣らせた。色々と申し訳ないと思っているんだけども、やっぱりそこだけはどうしようもないしっていうか名前も知らないまま謝るのも失礼だし、うん。ととりあえず自分に言い訳を並べていると「後で話があるから」と低い声で今度は白石が耳打ちしてきた。

「え、う、はい…!」

一波去ってなんとやら。波のない湖の真ん中でボートを濃いでいたい。白石が真面目な顔してそんなこと言うから解けかけた私の緊張は再びピークへと達した。忍足に目を向ければ彼もまた真剣な顔をしていて胃がキリキリと痛み出してしまった。また保健室に戻るはめになるのだろうか。二人ともどうしちゃったんだろう。