星とメランコリー | ナノ
×

染み付いて離れない


夢であってほしいと願ったのにそれが現実だった時
現実だと思ってたのにそれが夢だったと気付いた時
本当に苦しいのはどちらなんだろうか?

最初は真っ白だったのに、だんだん灰色が混じってきて白だけの世界は色鮮やかな世界へと変わった。
私は人々の中心にいて笑っていた。周りの人たちも笑っていたのに。徐々に皆の表情は曇って最後に笑っていた私の顔がみるみるうちに泣きそうな顔に変わっていった。両手で耳を塞いでその場でうずくまった私を、今私はどこから見ているのだろうか。私が耳を塞いだ途端、曇っていた表情が皆晴れて笑い出す。
やめてやめてと叫んでいるつもりなのに、それは小さな小さな嗚咽として私の口から漏れ出した。
今すぐあそこで泣いている私の元に駆け寄って力いっぱい抱きしめてあげたいのに私は自分がどこにいるかさえ解らない。存在は捉えられているのに実体は捉えられないなんて、私は結局泣くしかなくて何もできないと伸ばした手が空を切ったことで悟る。助けを求めても求めても誰も手を差し伸べてはくれなくて、泣きじゃくって助けてとやめてと叫んでいるのにその言葉は誰にも届いてくれはしない。そんな自分を見るのがつらくて私は自分の両手で目を塞いだ。何も見たくない、聞きたくない。結果なんてわかりきってるのだから助けさえもう求めない。自分でさえ自分のことを救えない、どうしてほしいかなんて痛いほど解るのに、何もしてあげられない。両目を塞いでいた手をどけたら今度は私に笑いかける人が2人いてその後ろにまた2人私に笑いかけてくれる人がいて、私は救われたと勘違いしたんだ。だんだんと人が私の周りを囲んでいった。ぽつりぽつりと増えていく人影は私から安心を奪い去り恐怖心を植えつけた。私に微笑んでくれた4人は人の波にかき消されてもう見えない。遠く遠く離れたところに居るだろう彼らはまだ私を見ていてくれるのだろうか。
さっき、耳を塞いだのは過去の私。今度、目を塞いだのは今の私。
耳を塞いで目を塞いで、しゃがみ込んだ私を一体どう救い上げたら、人の声を聞き周りに目を向けることができただろう。

怖くなんかない、そう声を出して言えたら私は強くなれただろうか。

私が泣いていた。過去の自分が苦しんでいた、泣いていた。今の私は笑えてる?
また、まだ泣いてる。苦しんでいるわけじゃない苦しみなんてとっくに過ぎ去っている。私が泣いてる理由って何?
植え付けられた記憶に恐怖してるだけ、泣くことなんかない。怖くない怖くない、どう自分に言いきかせたって恐怖が消えないのは何故なのだろう。泣くことなんかない。怖いだけだ泣くことなんてないじゃないか。強くその場にさえ立てればそれでいいのに。怖がらないで、泣かないで、もう大丈夫だから。自分に何度言い聞かせたってそれが全て虚言だということを知っている。怖いものは怖い涙は枯れることを知らないし、全然大丈夫なんかじゃない。私が大丈夫って言っても何が大丈夫なのか解らない。そんなの大丈夫なんて言えないよ。













「……また…」

繰り返すのだろうか。去った苦しみを再び味わうのだろうか。私はもう一度耳を塞ぎうずくまって逃げる場所を探すのだろうか。
ああさっきまで夢を見ていたんだ、そう気付いたのは半身を起こして数秒たってからだった。頭が痛い。

「お、名前起きたん?」
「おしたり…?」

シャッとカーテンが開けられる。そういえば私倒れたんだったかな。そういえば忍足と喋ってた気がする。何をだっけ?
思い出せないってことは実際は言葉を交わしていないのかもしれない。忍足が私に笑いかける。鼻の奥がつんとした。きっと夢の中で私のそばで笑っていたのは忍足だ。きっともう一人が白石だったんじゃないだろうか。ただそうであってほしいっていう私の願望に過ぎないけど。
それにしても何故忍足がここにいるのだろう。今何時だ?

「お前倒れたん覚えとる?」
「ん、たぶん……運んだ?」
「名前を?」
「…うん」
「まあ俺近くおったしな」
「………そう」
「おとんが、明日にでも来い言うてたで」
「…そう」

忍足が伝えたのだろう。別に平気なのに、面倒だな。そんなことを思っていたら忍足にも伝わったのか「ちゃんと行っときや」と釘をさされた。ああはい忘れてなかったら行きます。解ったと返したのに忍足は念には念をということなのか小指を差し出してきて「約束やで」と言ってきた。
指きりげんまんとか子供ですか…とか思いつつ何私も小指出してるんだろう。

「忍足、ありがとう……あの、さ」
「おん、なんや」
「………白石は…?」

ちらりと忍足を見た後、彼から視線を外して首を下げる。布団の上に乗った拳を穴が開きそうなくらい見つめた。他に目を向ける場所がなかったから。

「今朝、の聞いたでしょ、」
「お前が倒れた理由な」
「……………」
「白石に聞いた」

静かに忍足が呟く。どうしてそんな悲しそうな声で言うんだろう。別に私はなんともないよ。なんともない。なのになんでそんなに………

「アイツなら大丈夫、やから泣かんでや」

何が大丈夫なの、忍足。白石はどう思ったんだろう。私、すごく最低なことを彼の前で皆の前で言ったと思う。幻滅されただろうか。私が調子に乗ってた証拠だ。白石と私のことは私たちだけのもの、そんな言い方して、白石をまるで私のもののように…そのつもりはなかったけど周りから聞いたらそんな風に耳に入っただろうな。私はバカで、どうしようもないバカで臆病者で卑怯で、甘ったれだ。
あのね忍足、私って最低なんだよ、だからそんな優しくしないでよ。人に優しくされたら強がれなくなっちゃうの知ってる?
前に忍足私に皆と仲良くなれたらいいねって言ってくれたよね。私はさりげなく交わしたんだけど本当はね、私大勢の人と関われないんだよ。人を疑ってかかる性格だし、他人が怖いの。昨日まで家族でさえ怖かったんだよ。なのにね、私何もしてこなかったくせにみんなにひどいこと言ったの。白石幻滅したかな。せっかく私と仲良くしてくれてたのに私大切にできなかったかな。他人をもっと気遣えれる人だったらよかったのに。ダメだね、本当にダメだ。
ぽつりぽつり、気付いたら忍足に私の秘密を打ち明けていて、だんだん自分の声が震えてきていることに気付いた。私の思い出したくない記憶。忍足に伝えるたびに脳裏に浮かぶ光景に何度も心臓を貫かれるような錯覚を起こした。

「こんな話急にされたって困るよね」

ごめんね、そう言って忍足を見ると忍足の目が赤くなっててそれに驚いて目が見開かれて、溜まった涙が咄嗟に頬を伝った。

「何で、忍足が泣きそうなの」
「アホ、泣きそうちゃうわ」

忍足は私を睨んでから頭を下に向けた。そして片手が伸びてきてぐっと忍足の方へ引き寄せられる。痛いくらいの力で忍足に抱きしめられる。忍足、心臓の音早いよ。
何で私忍足に抱きしめられてるんだろう。忍足の腕から抜け出そうともがくと逆に腕の力が強まって余計身動きが取れなくなった。

「忍足、苦しいよ」
「俺も」
「えっ?」
「俺も苦しい。なんかむちゃくちゃ苦しいねんけどなんやこれ」

つらかったやろ、忍足が少しだけ震えた声で小さく口にした。つらかった、つらかったよ。つらいよ。止まりかけた涙がまたじわじわ溢れてきて忍足のシャツに染みを作っていった。

「名前は何も悪くないで」
「そんなこと、」
「お前悪いっていう奴がおったらこの世の人間みんな悪いわ」
「何それ」

泣いてるのと笑うのとが混ざり合った声が出た。忍足は優しい。忍足は眩しい。忍足みたいに素直な人に、素敵な人になりたい。そう思った。
笑うのが上手い忍足は私の笑顔をいつも下手くそって言うね。本当、私笑うの下手なんだ。楽しいのに嬉しいのに、素直に笑いたいんだけどね引きつっちゃうんだ。もっと自分に素直になりたい。そうしたらきっとあなたのように笑える気がする。

「忍足、わた…っ、わたし…」
「…ん、」
「白石が、すきっ…」
「そんなん知っとるわ」

忍足の腕にまた力が篭る。これ以上ぎゅうってされたら背骨がボキっていっちゃうかもしれない。

「ばればれやで」

忍足が私の肩口に頭を乗せたまま笑う。

「……意地悪」
「そうかもなぁ」

しょぼくれたようにそう返した忍足は拘束していた私をようやく開放してくれた。

「なぁ、俺も白石も最後まで名前の味方でいるんちゃうかな」

名前ちゃんにもうちょっと頑張ってもらいましょかね、忍足はそう付け加えて笑った。
私の中で泣いていた私の涙が止まった。顔をあげなくちゃ、恐怖心を拭えるのは自分なんだよ。
甘えてばかりが嫌なら、泣いてばっかじゃいけない。怖い怖い言ってるだけじゃなくて、怖くても出口までちゃんと歩かなくちゃいけない。例えるならお化け屋敷だなとぼんやり思ったら、なんだか不思議と大丈夫って気がしてきた。本当に気がしただけなんだけどね。