×
許されたいと思って 「ここまでで大丈夫」 「いや、中まで送らせてや」 家の前までで平気だというのに、白石はやはりいつもの強引さを用いて笑顔で家のインターフォンを押した。いや鍵は持ってるんだよ私。 ちょ、親が出る前に帰っていいよと慌てる私とは裏腹に白石の笑顔は崩れることなく、私がいくら引っ張っても体制も崩れることはなかった。そうこうしている間に家のドアが開き、中からお父さんが出てきた。 うちがいくら娘に無関心っぽくても、夜に男の子と家に帰ってくるって心中穏やかでいられるものなんだろうか。きっとここがもっと明るかったら私の顔色が蒼白していると白石だって気付くはずだ。いやもう手遅れなのだけど。白石を見ると、いきなり父親かいなとすごく小さい声で呟いた。笑顔にヒビが入った。 「夜遅うにすみません」 「…誰だったかな?」 「名前さんのクラスメイトの白石蔵ノ介いいます」 「ただい、ま…」 お父さん少し痩せたかな、こうしてまじまじと顔とかを見るとちょっと影が出てきているかもしれない。疲れてるんだよね、お父さんもつらいんだよね。考え出したら鼻の奥がつんとしてきた。あ、やばいかも。ここでお父さんに怒られるようなことになったら私泣くの我慢できないかもしれない。いや、私に関心の薄い両親のことだから平気かな? いやでもきっとお父さんだって苛立ってるかもだし、捌け口になるかもしれない。お父さんの顔は穏やかじゃない。 「こない遅くまで娘さんを連れまわしてしまってすみませんでした」 ふかぶかと私なんかのために頭を下げる白石に、私は慌てて頭を上げてくれるよう頼んだ。 それでも頭をあげない白石にならって私も「ごめんなさい」と謝罪を述べた。 お父さんは少し驚いた顔をして白石を見ている。 「いや、頭をあげなさい。そこまで怒ってないから」 お父さんは静かに白石にそう言う。白石もやっと頭をあげてくれた。ほっとしたのもつかの間で私は一人焦りに焦っていた。この状況私はいったいどうしたらいいの!? 「苗字さん」 「え、うん」 「中、入って」 「えっ?!」 ええから、と静かに言われる。顔は私に有無を言わせるような穏やかな表情じゃなかった。ついつい気圧されてわかったと答えてしまった。お父さんと白石を残してこの場を離れるなんて私もどうかしてる。白石だって何で、どうかしてる。 お父さんの横を小さくなって通る。お父さんは私に声はかけず、ずっと白石を見ていた。 「こんな時間まで何してたの、もうご飯の時間よ」 リビングを通り階段をあがろうとしたところで母親と鉢合わせした。 「それともなぁに、また食べないつもり?」 「(あんまお腹すいてないけど)…いただきます」 「…そう、じゃあ荷物置いて早く座ってください」 母親は喋ってる途中で私から視線を外した。母はあんまり気にしていないようだ。ていうか素っ気無い…まあそういう人だし性格なんだろうな。と思いつつ階段をのぼり始めると母の視線の先が玄関に向いていることに気付いた。そんな母を眺めていたら母がこっちを向いてきたかと思うと「彼氏と遊んでたの?」と訊いて来た。彼氏、白石が彼氏…。もしそうだったとしたら胸をはって私は彼氏と答えられただろうか。白石には見えるほどの欠点がない。顔も頭も性格も(若干意地悪だけど)よしで学校一の王子様だ、そんな彼が彼氏なんて幸せ者だろう。けど実際私はお姫様でもなければ欠点だらけの脇役だ。慌てて彼氏じゃないよと否定して、急いで階段をのぼりきる。 それに白石にはもう、私とは正反対の素敵なお姫様がいるんだから。 母に言いたいのか、自分に言い聞かせてるのか………… 荷物をベッドの上へ置いて、クローゼットから適当な服を引っ張り出して急いで着替え階段をなるべく音を立てないように下りた。 テーブルにつくと父はすでに座っていて、新聞のテレビ欄を見ていた。母も料理を並べ終えたところのようで、はやく席につきなさいと急かしてきた。おとなしく座り今晩のおかずたちを見る。そして静かに、深く息を吸った。何か言われるのかな。何を言われるんだろう。怒られるかな。無関心なら特に何も言ってこないとは思うが、それもまた寂しいと感じてしまうのはどうしてだろう。愛情に飢えてるのかな、笑っちゃうね。 いただきます、父が先にご飯を食べ始める。それにならって私も箸を持った。そして焼き魚をつついているお父さんが私のほうを見ずに「飯の後、話があるからな」それだけ簡潔に告げた。う、ご飯が喉に詰まりそうだ…。 食器を流しへ持っていくと、父から座れの促しがあったのでおとなしく再びテーブルにつく。お母さんは全ての食器をキッチンの流しへ持っていくと父の隣に座った。 「さっきの、白石君だったか」 「う、うん」 「彼氏か?」 「……違う、ただの友達」 「ずっと二人で遊んでたのか?」 うわあ、私に関心があまりないならほっといてほしいところだ。親の詮索は子供に興味を示しているということで嬉しいのだけど、この話題に関してはあまり深く詮索していただきたくないのが本音だ。 「遊んでたわけじゃ…ないです」 父と母の目が痛い。別にやましいことをしていたわけじゃない。白石とはただの友達だし彼氏じゃないし。私たちが男と女だから? でも本当に友達だし。まあ私からしたら恋愛感情も入ってるからただの友達ではないんだけど。いやでも本当にただ話してただけだし。いやほとんど私が泣いていただけか。今思い出すと恥ずかしくて自室にこもりたくなった。明日はまだまだ平日だから必然的に白石と会うわけで。今更ながら気まずい。今現在のこの状況も気まずい以外の何者でもないけど。 「話を、聞いてもらってただけだよ」 父が開けた口を固く閉じて、険しい顔つきになった。母も怪訝そうな顔を見せる。うううぅぅ何でなの? 「さっき、帰ってきたらお父さんとお母さんの話してたこと、聞いちゃって…」 そこでようやくお父さんの表情が変わった。驚いた顔をしてから、静かにそうかと呟いた。 「私が、二人の負担になってるって、そのまま家出て、白石に会って、話聞いてもらって」 帰りたくない、って 思って、一緒にいました。話を聞いてもらって、白石が送ってくれたの。それだけだよ。 そう告げて、ゆがみ始めた視界に気付かれないように下を向いて瞼を閉じた。 長い沈黙が続き、お父さんがようやく口を開いた。 「学校には慣れたか?」 「……え、…?」 「楽しいか?」 「う、ん…」 学校のことを聞いてくるなんて、そんなの不意打ちだ。そんなこと、こっちに越してきて一度も聞かれたことがない。最後にちゃんと会話をしたのはいつだったろう、すごくすごく遠くに感じる。 前の家に居た時ぶりに感じてしまうくらい。 「こうしてお前とちゃんと喋るのは久々に感じるな」 「話すのが嫌だと思って干渉しなかったけど、それが逆にいけなかったのね」 ぽろり、堪えた涙が止める隙もなく流れてきた。何でそんなこと言うの。 どうしてそんなに、"親"みたいなこと言うの? 私は二人の足枷でしかないのに。負担にしかなってないただの邪魔者なのに。私がいなかったらきっとお父さんはお母さんはもっと笑顔でいれたし、幸せでいれたんだよ。私が学校で問題を起こしたからこんなことになったのに。私のせいで二人のストレスは増えたのに。どうして、そんな優しそうに嬉しそうな顔をするの。 「頑張ってるんだな…それを聞けてよかった。俺ももう少し頑張れそうだよ」 「お母さんちょっとヒステリックっていうか感情的なとこがあって、ごめんね。負担になってると思わせてたなんて、気付けなくてごめんね」 今度こそ抑えきれずに嗚咽が漏れ出してしまう。ちゃんと言葉になっていない言葉を吐き出している私に、何て言ってるか解らないじゃない、ちょっと落ち着きなさい、とお母さんに背中をさすられた。 大声で叫ぶように泣きたい。そうしたら全部思ってることを吐き出せそうだと思った。心の中にあるもやもやが全部出てくような気がした。 嫌な記憶も弱い心も涙と一緒に流してしまいたかった。 「わた、し…ここ来てよかったっ…お父さんたちにたくさ、たくさっん迷惑かけた、がら…ッ、わがまま言わないってぎめ、で…だけど、私まだここに居たいです…っず、ちゃ、ちゃんと、友達もでぎましだ、わら、わらえ、る、ようになりました…!」 最後はもう何て言ったかわからない。雄たけびのような声だったかもしれない。いい年してみっともないなあと思ったけど、今日だけ、今回だけ、そう言い聞かせて自分の溜めてた思いを吐き出していた。 お母さんは背中をさすりながら、笑っていた。ひ、ひどい。 「お前、そんな大口開けて泣いたら不細工だぞ」とお父さんも口を大きく開けて笑い出した。泣きながらひどいと言えばまた笑われた。わるいわるいと謝ってきたけど、悪びれた様子なんてなくてまだ笑ってる。 「大丈夫、あっちには戻らない。名前が頑張ってんだから」 「お父さんがそう言うんだから、私は何も言いませんよ」 「それに負担になんてなってない。俺達も疲れてたけど、それでもお前を恨んだりなんてしないよ」 「だめね、八つ当たりみたいなことばかり言って」 「お前が笑える環境を守るのが俺の仕事だからな、俺もこっちで頑張るよ」 だから安心しなさい、そう言って大きくて堅い手のひらが頭に降りてきた。白石の手と比べてしまったのは私だけの秘密だ。 |