星とメランコリー | ナノ
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いくら叫んだところで君は


はあ、ちゅるー…ほう、………漫画だったらきっとそんな効果音が背景に描かれていることだろう。効果音を出しているのは白石で、その彼は何があったのか溜息を吐いてはパックジュースをすすっている。その目はどこか遠くを見ているようで焦点があっていない、まるで抜け殻だ。

「なんや白石悩み事か?」
「んー、俺今恋する乙女やねん」
「乙女ってキャラちゃうやろ」
「そういう気分なんや」
「どないやねん」
「……恋する、乙女…」

白石の言葉を反芻してみる。そして私もジュースをすすり白石と同じ状態になった。なんだか、肺が空気以外の何かで圧迫されているように苦しい。白石の隣にいて、一緒にご飯してて、喋ってるはずなのに何でこんなに辛いと思ってしまうのだろう。私には充分すぎるほどの幸せなのに。友達もいて、好きな人もいて、私がそれ以上をどうして望めるのだろう。人が怖いと散々白石に弱音を吐いたくせに何を求めてるというのだろう、笑ってしまう。自分がただの愚かなだけの人間に思えてきて、ちっぽけを通り越して消えた方がいいんじゃないのレベルに到達してしまいそうだ。

「なんやなんや名前まで、せっかく久々に3人やっちゅーんに!白石も名前に変な空気移すなや!」
「なんや変な空気て…なんや名前て、何で名前やねん」
「名前やから名前やろ」
「意味わからんわ」
「名前も名前でええやろ?」
「んなわけあるかいな、そんな馴れ馴れしい…」
「呼びたいように呼んでくれていいよ。私は忍足のままでいいかな」
「おう、名前の呼びたいように呼んでくれて構へん」
「うん」
「…………(俺って邪魔者やない?)」
「で、白石はさっきから何で元気ないの?」
「苗字さんには関係あらへんこと、気にせんといて」

くしゃりと頭を撫でられる。何でそんな疲弊しきってるの。顔が死んでるよ白石、せっかくの顔がもったいない。憂いを含んだ、ならまだ綺麗なんだけどここまで疲弊してる白石は綺麗も何もないただただ心配になってくる。そこまで考えて本当かよ、と思わず自分でつっこんでしまった。白石だから心配なんだよと自分に素直に言えばいいのに、自分にまで照れて本音隠してどうするんだよ。なんか自分の思考のすべて気持ち悪い。
白石はこんなに元気がないのに忍足はガツガツお弁当を食べているし、ゴクゴクとお茶も飲むし、買って来たパンたちも次々に平らげてくし、笑顔だし美味しそうに食べてるし幸せそうだし、とりあえず忍足は元気いっぱい100%みたいな感じだった。私の元気はお昼に入ってから徐々になくなっている。白石の一言一言が私には痛い。幸せな痛みだったりそうじゃなかったり。頭を撫でられるのも心が痛い、嬉しいのに。白石の言葉が心に痛い。関係ないなんて言わないで、白石が私を気にしてくれるみたいに私だって白石のことを気にしたいよ、気にかけさせてよ。なんて言えないし言うつもりもないけど。やっぱり悲しい。

「しっかし名前はほんま小食やなそんなんで大丈夫なん?あ、いつも大丈夫ちゃうな」
「なんか、食べることに貪欲になれない」
「あかん、あかんそれあかんで」
「お、健康オタクが元気になりよったで」
「謙也うっさい黙っとき」
「すんません」
「あんな食べることっちゅーんは生きることや、食べることには貪欲にならなあかん。そら食べすぎはよくない、肉ばっかくってるこのアホはもう………あれやな」
「おい俺のことかアホって俺のことかあれってなんやねんあれってどないやねん」
「バランスよく食わな。生きることには貪欲にならなあかんわ」
「はあ……白石は大げさ」
「大げさちゃうで、苗字さんよう倒れるし」
「倒れてないよ」
「ええか、体調不良の原因はその栄養失調にもあるんやで」

白石は怒ったような顔で私に説明する。さっきの彼よりも肌つやがいいのは気のせいだろうか。栄養とれとかよく食べろとか何度となく彼には注意されている。散々言われているのだけどなんか食べる事を忘れてしまう、ついには億劫になって食べない日があるのもまた事実でいまだに治っていない。白石も忍足もそんな私を叱ってくれるし、何故かよく食べ物をもらう。餌付けされとる…と忍足や白石を見て財前に言われた。ちょっとショックだった。自分が情けないです。

「白石が元気ないのも栄養とってないからなの?」
「俺のは別で…ってそのことはええの、苗字さんはなんも心配せんで」
「…白石は面倒見られるのが嫌いなの?」
「そんなふくれんでええやろ、ただ苗字さんの負担に俺がなりたくないだけや」
「名前も素直になってきたなぁ…」
「別に、そういうわけじゃないし…素直なんて…」
「もうちょい笑ったらかわええのになーもったいないでー」
「可愛くないし、もったいなくないよ!忍足、私今白石の話してるんだよ、話逸らさないでよ」
「そらすんませんでしたな」
「謙也のいう通りやで、せっかくかわええのにもったいないで」
「…………白石まで話逸らさないでよ、友達が元気なかったら心配しちゃうも、の……あ、ごめん」
「何で顔赤くすんねん」
「いやこれは違う、違うんだよ、解って違うの」
「何がや」
「あとごめんてなんや」
「………と」
「と?」
「…ともだち…」
「おっ知り合いから友達に昇格やで!」
「はは、これで一方通行ちゃうで」

冗談でも、ただののりだったとしても、嬉しいものは嬉しい。肺の奥に溜まった何かがすうと溶けていくような気がした。忍足の言葉も嬉しいよ。でも白石の言葉は私を一喜一憂させるほどの力がある。
ただの一言、白石からの可愛いは本当に本当に、私にとって特別な響きになる。恋する乙女、白石の言葉を想い出す。例え白石に好きな人がいても、私の気持ちが変わるわけじゃなくて白石の言葉の効力は持続してしまうの。一方通行のままだっていいよ、今がこのまま続くならそれでいいと、この時は本当にそう思ってた。