星とメランコリー | ナノ
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優良な人間になれない


「なあ、そんなされても俺の気持ちは変わらへんで」
そう言って表情をなくした彼女を見つめる。平本は苗字さんと和解したかのようでその実放置という処置をとった。それは苗字さんの方も同じでどこか避けているようにも見えた。すれ違う時はさすがに頭下げて挨拶するくらいはするけど、言葉を交わしている所を俺の知る限り目にしていない。謙也にもらしたら「名前のことよう見とるお前が見てへんかったらそうなんやろ」と言われた。「名前って何やねん、いつからやねん何で名前呼んでんねん」、それが俺の答えだった。そこは今はどうでもよくはないからちょっと左に置いといて。苗字さんは平本とは喋っていないようだったけどその代わり俺は平本との会話が増えた。謎や、謎すぎる。俺は悩んだ。平本と喋るようになった、それはまあよくもなく悪くもなく。だがしかしその分苗字さんとの会話は減り、謙也なんて下の名前で呼ぶようになっているし正直焦る。
俺が女の子として仲ようしたいんは君やないんや堪忍な、そう冗談っぽく言ってみたことはあるが彼女は中々タフのようで「そんな言わんとうちとも仲ようしてえなー」と笑顔で返されてしまった。その笑顔の裏で必死に悲しいのを隠していたのかもしれんけど。なんや俺ナルシストみたいやん。彼女から直接好きと言われたわけじゃないが、彼女の行動と言動はすべて俺への気持ちの表れだ。俺も苗字さんにそんな風に思われてたらどうしようか、もう俺の気持ちってバレてんのかな。ちゅーか俺苗字さんのこと好きやったんか、いや好きやろ。もう気になってるレベル通り越してんでこれ。謙也にすら嫉妬してあの謙也にすら焦燥感を覚えるなんて尋常やないで。謙也くん失礼なこと言うてごめんな。

とまあ一時俺の思考は右に置いといて。平本には悪いと思う。けど彼女からもらうものすべてが俺にとっての足枷になっていくように感じてもう駄目だと理解した。これ以上彼女から何かをもらい続けてもお互いのためにならない。たとえそれが彼女の自由だとしても俺はその自由を取り上げてしまわなければならない。

部活がオサムちゃんのせいでなくなったと謙也と喋っているのをたまたま聞いていた平本が放課後勉強を見てと頼んできた。断ったつもりなのに、何で俺引き受けてんねやろ。苗字さんの名前を出されたから?ほんまアホやと思う俺はもうただのアホや。
勉強なんて実際してないのに。平本に教えることなんてなくてちょっと褒めたら「せやろ?あたしも頑張ってるねんでー」そこから彼女との雑談がスタートしてしまったというわけだそっけない返事ばかりしているつもりなのに彼女はやはりタフで俺の攻撃も軽く交わして返してくる。

そろそろ帰ろう、俺が切り出せば平本から笑顔が消えて裏側に隠れていた本音が表に出た。今にも泣きそうな顔で手を掴まれる。そんな顔までされたらさすがに冷たくあしらえなくなってしまう。俺がどうしていいか困ってる間に彼女は掴んだ俺の手を自分の胸に押し付けてか細い声で「行かないで」と呟いた。溜息を吐いた。彼女はわざとらしく大きく肩を揺らした。そして冒頭の台詞。

「あたしじゃダメなん…?」

ぎゅう、握られた手に力が篭る。その強さも体温も柔らかさもどれも俺の求めているものとはちがくて、彼女の気持ちが迷惑というわけじゃないあり難いと思う、感謝さえする。それでも俺にだって彼女と同じ気持ちがあるから同情はしちゃダメだと思った。彼女の気持ちにはどうしても応えることが出来ないのだ。だったら俺ははっきり否定して彼女からの想いを否定することしか出来ないんじゃないか。

「ごめんな…気持ちは嬉しいで、ほんま」
「……あたしなら、…」
「…俺の気持ち、知っとるんやろ」

彼女の目から涙が流れる。俺はそれをどんな目で見てるのか。泣かれても俺の気持ちが変わるわけない、平本は解ってるはずやのに。ほんまにタフな子やな。

「あたしにだったら、何してもいいんだよ」
「……は、…」
「苗字さんと結ばれるまででもいいから…代わりでいいから、白石の2番目でもええ…」
「……………」
「白石のためやったら気持ちも身体もあたしの持ってるもん全部あげるから」
「平本」
「あたしのこと見てよ、ちょっとでええから」
「心外やな」
「え?」
「俺がそないな男に見えとったなんて、そんな言われても俺はなんも嬉しくないで」
「…っ…!…」
「平本の気持ち利用して身体だけ求めたら俺もう苗字さんに好きって言えんわ」
「ど、して…苗字さんなの…」
「俺、苗字さんに嘘吐きたくないねん。俺がもしあの子に好き言うてあとから平本と関係持ってましたなんて知ったら絶対苗字さん傷つくと思う。あの子を俺が傷つけるんは一番許せへん」

平本の気持ちを受け入れてしまったら、俺はどんな人間になるんだろう。人の気持ちを利用する男を好きなままでいたら平本だって可哀相だ。苗字さんには後ろめたさなんて感じたくない。
俺と苗字さんの距離を離すことが目的なんやろか。平本も計算高い。

「白石が好きやねん、あたしあんたのことが…っ」
「お前には何もしてやれへん…ごめんやで」

力を込める平本の手首を空いてる手でぎゅうと握れば彼女は痛いと短い悲鳴をあげて咄嗟に手を離した。

「ほんま、ごめん」

力強く握ってしまった彼女の手首をさすって、ちょっと微笑んで見せる。気持ちは本当に嬉しかったんやで。そう言って頭を撫でてから背を向ける。平本が握られた時に赤くなった手首を愛おしそうに撫でているのを目尻に捉えても、俺が守りたいものは変わりそうになくて、なのに苗字さんの手首の感触が、細さが思い出せなかった。



何で、こんなに会いたいって今 思うのだろう。