星とメランコリー | ナノ
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可愛くない泣き方


私の特技ってなんだろう。
人を傷つけること? 怒らせること? 迷惑かけること?
いらん特技ばっかじゃないか。私はあなたにそんな顔をさせたいわけでも、こんなことしてほしいわけでも、あんな言葉を吐いてほしいわけでもないのに。そうさせたのはきっと全部私だ。
放課後、私は平本さんに呼び出された。着いてきたのは私だけじゃなくて、平本さんとよく喋っているクラスの女の子2人も一緒だった。二人はただ平本さんに付いてきただけのようだけど私からしたら敵になるのかな、ぼんやり思った。
私を人気のないこんなとこに連れ出した平本さんの表情は穏やかじゃない。まあ当然と言えば当然なのかもしれない。白石の話だと彼女にぐっさりと言葉のナイフを突き刺したと言っていたし、それが私のせいなのは薄々気付いていた。何を言われたって、平気じゃないけど大丈夫。解ってるの、平本さんの気持ち。解ってるから、ごめんね、なんて口にしたら平本さんのプライドを余計に傷つけてしまうし、私は一体何様なんだろうって話になると思ったから口に出すことはしなかった。どんなに責められようとすべて自分への罰だ。

「苗字さんいうたやんか!あたしの気持ち知ってるって」
「……うん」
「ほんまは、うちのこと笑ってたんやろ。自分の方が白石に好かれとる、あたしには無理って心の中であざ笑ってたんや!」
「そんなこと、ないよ…白石は私なんて好きじゃない」
「なんなん?そういうとこほんまムカつく。そういうとこ嫌い」
「平本さんは、私を好きではなかったじゃない」
「はっ…気付いとったのに一緒におったん?どこまでこけにしたら気が済むん?」
「白石に近づくために私を利用してたんだとしても、私は友達が出来たことが嬉しかったから一緒にいたくないなんて言えなかった」

ハッとして今の発言が失言だと気付く。彼女は、私を利用したなんて一言も言っていない。墓穴をほった。彼女の泣き出しそうな顔から怒った顔になった。そりゃそうだ。お互い悪いとこがあった、で片付けられない。彼女は、前面的に私が悪いと思ってるんだから。何を言っても、何も伝わってくれない。

「あんた、そんな人のこと見下して楽しい?」
「えっ…?」
「綾は確かにあんたを利用したかもしれん。けど白石との仲を見せつけて楽しんでたんはあんたの方やろ」
「な、に言って…」

平本さんは突然顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。私は白石と付き合ってるわけじゃないし、よく喋りはしたけどそれで自分が優位だなんて優越だなんて思ったことなんてない。そんな風に見られてる、予想はできたけど。楽しんでたなんて…心外だ。平本さんと私のやり取りを見守るだけだった平本さんの友達が私に怒り出す。そりゃそうかなんて私はどこか冷静だ。正直、平本さんが羨ましい。自分から行動できるとことか、彼女のために怒ってくれる人がいるのとか、彼女はよく喋るしよく笑うし、私とはまるで正反対だし。そんな私が彼女に勝るものなんてないよ、なのに何で彼女は私を羨むようなことを言うの。白石は私がダメな人間だから、あの人はいい人だからそれでほっとけないだけなのに。その恩恵を受けてるだけの、私。
あれ、なんで、私それで否定しないんだろう。どうして白石を受け入れているんだろう…なんでただ白石に優しくされてるだけなんだろう。あれ、あれあれあれ、白石は私なんか好きじゃないよ。じゃあ私は白石をどう思ってるんだろう。何で白石が自分には必要だなんて思ってるの。

………ああ、そうだ。

平本さんはそんな私に怒ってるんだ。好きでも嫌いでもない、だけど白石の隣にいる女。彼女たちからしたらきっと私はずるい存在。

「平本さん、ごめん、」
「ごめんが聞きたいんやない」

バカにすんなや、そう言って平本さんは顔を上げて私の肩を押した。泣かないで、そう慰めて目元を拭えるのは私ではないことを重々承知した上でそうしたいと思うのはやはり私の方が彼女より勝っていると彼女の言うように私が自惚れているからなのだろうか。
後ろへ転んだ私を睨んだ平本さんは、あんたなんか大嫌い、そう目から水の粒を落としながら叫んだ。頭が痛い。

じわり、視界がぼやけた。頭が重い。咄嗟に口を押さえてその場で蹲る。

「はっ泣くんはおかしいんちゃう?」
「苗字さんが泣くのはずるいわぁ」
「急になんなん?泣いたら許される思てるん?」
「綾は優しいからどうか知らんけど、うちらはみんな苗字さんがそういう子やって思ってた」
「ほんまずるいなあ泣いて自分はか弱いんですって言いたいん?」




しばらく動かない私を不審に思った平本さんたちが駆け寄ってくる。吐きそう…

「苗字さん?」
「ちょ、顔色悪いで、」
「ひ…平本さん、ごめん、私」
「聞こえへんわあほ!」
「…………」

平本さんの友達がこの場を立ち去ろうとする。行こうと言われ平本さんも立ち上がった。私を置いてこの人たちは薄情だな、なんて思ったけどそんなことどうでもいい。平本さんたちから離れたいという気持ちもあったし。これ以上一緒にいたらきっと苦しいままだ。

「でも、先生呼びに…」
「苗字さん!」

肩が跳ねる。白石の声がしたから。部活中のはずの、ジャージ姿の白石が傍に居た。平本さんが白石の名前を呼びながら慌てていて、他の二人も同じように慌てていた。平本さんの友達はうちら先行くわって言いながら平本さんや私たちを残してその場を離れてしまった。
ほら、白石が私なんて構うから。構うから、私の中の白石が大きくなるんだよ。他の子にこんな嫌な子に見られるんだよ。

「顔色悪い…………最後に飯食ったんいつ?」
「………たぶん、昨日…だと」
「何べん言えばわかんねん、マイペースもええ加減にせんとほんまに拳骨すんで?」

ほら、と差し出されたのは白石が持っていたボトル。「いらない」。白石からはもらう気がしないよ。もらえないよ。ていうか拳骨すんで、とか白石、私これでも女の子だからね。

「いらないちゃうわ」

無理やり口に入れられる。白石さんあなた…って人は…!

「お、鬼…」
「鬼でも何でもええわ!俺今飲み物しか持ってへんねんけど」
「これあげる」
「え…平本…!?」
「苗字さんのためとちゃうから。あんたに好かれるためにしてるんやからな」

ゆっくりと顔を上げると、目つきをキツくした平本さんがカロリーメイトを指し出していた。白石がびっくりしていた。平本さん、ごめんね。私が泣きたいとか思っちゃいけないよね、泣いたら本当にずるい子のままになってしまう。本当に泣きたいのは平本さんの方だ。今本当に苦しいのもきっと平本さんだ。

「い、いら…ない…」
「いいから、黙ってもらってや。あたし白石にいいとこ見せたいだけなんやから」

そこまで言われてしまったら何も言えないので、彼女の言う通り黙っていただくことにした。

「苗字さん、あたしな、あんたに優しくしたら白石はあたしを見てくれる。好きになってくれる思ってたんや、自分で言うのあれやけど苗字さんより可愛い自信も明るい自信もあったし、あんたになら勝てる思て見下してた」
「………、……」
「…でも、そんなんあるわけないやんな………何で気付けへんかったんやろ。ただ、認めとうなかっただけなんやけど笑ってまうわ。白石が――――」

そこで平本さんの言葉は途切れた。白石が顔を赤くしながら私の耳を塞いでいたから。白石は何故かこちらを睨み付けていて少しだけ怖かった。平川さんは口元を笑わせて目や頬を涙で濡らしていた。
パッと手を離した白石は、気分はどうかと訊ねてきた。だいぶ良くなった、気がする。

「苗字さん、あたしあんたんこと嫌いや。それは今も変わらん、けど一緒におって楽しかった思えた時はあったんやで」

そう言って平本さんは微笑んで見せてその場を後にしたんだけど、私といったら笑うどころか逆に泣いてしまってしばらくその場から離れられずにいた。微笑んでくれたけど、涙も全部隠れてなくてそれが悲しくて辛かった。そんな彼女なのに、そんなぐちゃぐちゃな顔だったのに可愛いと思ってしまったのはきっと彼女が恋に本気になっている姿を見たからだろうか。



「部活戻っていいよ」
「……平本、に…苗字さんのこと任されてんねん、ほっとけんわ」

しゃあないやろ?そう言って微笑みながら静かに息を吐き出した白石を見て、私はその空気になりたいと咄嗟に願った。白石の吐いた息になりたいとか気持ち悪いな変態か。変態はさすがに嫌だと思ったので、その理由を探したら一つの疑問のような答えを導き出して心の中がゆっくりとだけど確かに熱くなっていくのを感じた。
もしかしたら…私は、白石を好きになってしまったのかもしれない。

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―――白石が好きなんはあたしやなくて自分やねんから