星とメランコリー | ナノ
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知ったら最後


こいつもこんな顔するんやな、と珍しく顔から力が抜けている白石を見て思った。
面白くなさそうに目を細め机にだらしなく頭を預けた白石の視線の先には、苗字の姿。お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供か、白石に叱られた時の金ちゃんのようだ。

「おもんない」
「せやなあ、」
「平本がまさか苗字さんと仲良うなるなんて…」
「(…どんだけ苗字独占したいねん)」

まあ、確かに苗字が俺ら以外のクラスメイトと一緒に飯食ったり喋ってるのは珍しい。というか今までなかった、はず。俺の知ってる限りでは。苗字は人見知りで、人と関わりたくないオーラ出しまくっててみんな近づかなくて、いい奴なのに誤解されてて…でも喋ってみたらいい奴で…って俺は何が言いたいねんっちゅー話やけど、つまりや、平本もその苗字の良さっちゅーんに気づいて今仲良う喋っとって…つまり俺は何が言いたいねん。解らん、まとまらん。

「あれが金ちゃんやったら新しい友達できたんやなーよかったなあって思えんねん」
「そして金ちゃんと比べるっていう…」
「なんて?」
「白石お前…どこまでオカン気質なん」
「オカン気質ちゃうって…なあ苗字さん俺と居る時より楽しそうやない?」
「そら女子のがええんやろ」
「……平本かぁ…」
「……………」

白石を数秒見つめてみる。もしかしてこいつ、苗字のこと好き?
今度はあたふたしながら必死に平本と喋っている苗字を見つめてみる。
別に白石と居る時より楽しそうって感じはないけどな。楽しそうではあるけど、やっぱりどこか必死だ。
きっと平本、っちゅーか友達ができて嬉しいんやろな。嫌われたくない一心でがんばって人と関わろうとしてる。それって前向きなことでいじらしいと思う…で、白石もそれを分かってるからはっきり言えんのか。
俺らの時はあんな必死にならんし、むしろこっち来んなボケみたいな感じやったんに…。あれ、それってどないやねん。苗字ひどいわー。やっぱ男より女子と仲良うしたいよなー。あー………

白石と同じように頭を机に預けて苗字を見る。
白石がエクスタシーとちゃうわ、突然わけのわからん口癖を呟く。そしてそのまま苗字たちの元へ行ってしまった。え、なんなんそれ、あいつどんだけやねん。何がエクスタシーとちゃうん、意味わからん。今日の白石よう分からん。俺も仲間にいれてーや、とか何でやっちゅーねん。何でお前が仲間に入ってくんや!




******


平本さんは本当にズバッと自分の思ったことを口にする。白石や忍足に、苗字さんって結構キツイこと普通に言うよな、とかズバズバ素直に言いすぎだと言われる(注意される)この私がそう思うのだから彼女の素直加減は相当なものだ。
あれが好きこれが嫌い、そういうものがはっきり言えるのが素直にすごいと関心してしまった。私は嫌いなものははっきり言えるけど好きなものを好きとはあまり素直に言えないから。

正直、はっきり口にしてくれる人と一緒にいるのは気を遣わないで居れるのだけど、やっぱり人と関わることに素直になれない私は相変わらずしどろもどろになってしまう。そんな自分が平本さんを不快にさせているんじゃないかと考えるともっと話し方が必死になってしまう。もっと普通に会話できたらいいのに、もっと面白いことを言えたらいいのに。相槌を打ってばかりな自分で彼女にとても申し訳ない。こんな風に思うのは何故だろう。せっかく前向きになろうって思って、友達も作りたいとか思っちゃって、頑張るってこういうことだっけ? 友達と喋るのってこんなに肩が凝るものだったかな…。喋ってるだけでこんなに申し訳ない気持ちになるものだったかな。私は今まで、以前まで、どうやって会話していたっけ。前はこんな風に人と喋るだけで緊張なんてしなかったのに。もっと自然に自分の気持ちを伝えられたし笑えたのに。どこでそういうスキルを忘れてしまったんだろう。どうしてあの頃の自分を思い出せないの。何であの頃のような自分になれないの。昔の自分はもっと素直だったはず…発言的な意味でなく人との接し方が。
彼女は自分と居ると楽しいかと訊いてきて、私は楽しいと答えたけど。私がもし彼女に同じことを訊いたら、彼女はなんて答えてくれただろうか?

彼女と喋っているのにも関わらず、若干自己嫌悪に陥る私の元に白石がやってくる。
何故かほっとしてしまって、そんな自分にも自己嫌悪。何でまた、白石に甘えようとするんだろう。白石が助けてくれるとか彼ならなんとかしてくれるとか、白石の優しさを利用しようとする自分がずるくて嫌い。こんな私がとても嫌になる。
ああ、だめだ、こんな私だったらきっと平本さんにも甘えてしまう。もしかしたらすでに甘えてしまっているのかもしれない。だから私がこんなにもありえないくらい緊張しているのか。よく分からない。

白石と平本さんが談笑をはじめる。私はちょっと休憩もかねてそれを黙って見守ることにした。しばらく黙っていたい気分だった。
二人の話に耳を傾けると話の中心になっているのはどうやら私のようで、何で二人とも私の話で盛り上がるんだろうとこっちはこっちで勝手に考え出す。共通の話題なのだろうか。共通の話題なんて私以外にもあるのに、やっぱりこの人たちは物好きだな。私を構ってくれる物好きさんはみんな優しい人だと思う。
そんな優しい人を盾に甘えようとする自分は優しい人にはなれないと心の中でひっそりと呟いた。

「……楽しそう」
「ん?苗字さん何か言った?」
「ん、忍足がこっちをすごく見てるなって」
「あいつも仲間に入りたいんやろな」
「呼べばええやん!」
「でもあれ怒ってない?白石何かしたんじゃないの?」
「苗字さんは俺を疑うんやな?」
「え、だって」
「苗字さんひどいなー」
「だって明らかにあれ白石睨んでるもん」

忍足を理由に適当に誤魔化す。忍足がこっちをすごい目で見ているのは本当なのだけど、私が楽しそうと言ったのは忍足とは関係なくて、平本さんのことだった。
忍足にこいこいと平本さんが合図する。忍足はその誘いを断って携帯をいじり出した。何がしたかったんだ、忍足は。平本さんも同じことを思ったらしく、来ないみたいやな、と言いながら肩をすくめた。それから白石と平本さんが会話を再開させる。本当に楽しそうに談笑している。
平本さんが私と一緒に喋っている時には見せないこの表情は、やっぱり私とは話が合わないとかそういうことなのだろうか。やっぱり私は彼女に気を遣わせているのだろうか。
こんな私と仲良くなりたいって言ってくれたのに、がっかりさせてしまっただろうか。
白石がうらやましい、普通に喋れる彼に嫉妬する。普通にできない自分が恨めしい。

二人が楽しそうに喋ってるのがうらやましくて、恨めしくて、すごく悲しい気持ちになった。どうしてだろう。

「ウチ、めっちゃ苗字さんのこと好きやねん」
「苗字さん愛されてんなーうらやましいわ」
「…私のせりふだって」

好きと言ってくれたのに、その言葉が嘘にしか聞こえない自分が本当に恨めしい。