星とメランコリー | ナノ
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時を報せる鐘の音


いつも通りの朝、教室…それに加わるちょっと色がさした景色。心構えは平然を装ってる、はず。それなのになんだかいつもとは違う世界が私を包んでいる。自分でも驚くほど、私は単純な頭をしていた。

いつも通り朝の挨拶もないまま、誰とも言葉を交わすことなく席につく。ただそれだけなのに、今日はなんかいつもと違うことが起こりそうな予感が心を弾ませる。昨日の彼女たちの会話のせいだ。
それにしても、昨日の子たちはいったい誰だったんだろう。転校してきてからずいぶんとたつけどいまだにクラス全員を把握できていない私に、声だけで誰が誰かを判断しろというのは難しい話である。私が声だけでわかる人物といえばクラスでも目立ってる子と、白石か忍足くらいなものだ。

「おはよう!」
「うん、おはよう」

ぼーっと黒板を眺める。あれ、私今おはようって口にしなかった?…したよね。ていうか私の前に誰か挨拶してきたよね。最近耳に馴染んでる白石でも忍足の声でもない、この声は…もしかして昨日教室に残っていた子の内の誰か、のような気がしないでもない。教室内に数秒静寂が訪れた。
ぱっと顔を上げて挨拶をくれた子の顔を見る。明るい髪に明るい笑顔の女の子。彼女は楽しそうな笑みを浮かべるとそのまま何も言わずに自分の席へと座った。その様子を目で追う。普段私が目を配らない場所にその子は座っていた。きっとクラスのみんなが自分の席についたらあの子の背中さえ見えなくなるだろう。

「見てたで!」
「見たで!」
「出たよ、今度こそだよ」
「…なにが?」
「んーん、こっちの話。二人ともおはよう」

興奮気味に私の机をバンバン叩きながら見たで見たでと嬉しそうな顔をしているのはお馴染みの忍足で、うんうんと頷きながら微笑んでいるのはこれまたお馴染みの白石だ。

「苗字さんいつの間に俺ら以外の友達作ってん」
「せやせや!よかったなー」
「友達じゃないし…挨拶したのだって今が初めてだよ」

ぷい、と二人から顔をそらす。忍足はおかしそうに笑って白石はやれやれとやっぱり微笑みながら肩をすくめた。
そして二人して言うのだ――「素直じゃない」、と。
私の照れ隠しをちゃんと分かってくれる二人を、全力で大事にしようと何故かこのタイミングで思った。


「苗字さん!」
「………はい?」

廊下で呼び止められ、後ろを振り向くと肩を弾ませながら笑顔を見せる今朝の女の子がいた。もしかして私を追いかけて来てくれたのだろうか。私なんかのために走って来てくれたというのだろうか。何のために?
昨日のあの言葉は本当なの…?

“私、苗字さんと仲良うなりたいねん”

「私のこと知ってる?」
「し、知らない…ごめん」

自分を指差しながらそう聞いてきた目の前の子に素直に告げると彼女はまた楽しそうに、「私は知ってんで」と言った。そりゃそうだ、自分のことなのだから。

「あなたは苗字名前さん。関東から来た転入生で…人見知りな女の子や」

ね?と笑顔で聞かれて何故かドキリとしてしまった。何も言わずに突っ立っている私を気にもしないで、彼女は笑顔を崩さないまま自分のことを話し出した。

「私は平本綾野、苗字さんのクラスメイトや」

よろしく、と人のいい笑顔で私の隣に並んだこの子の第一印象は、可憐。
私にはない綺麗な笑顔をしている彼女が羨ましいと初対面なのに感じてしまった。

「私な、苗字さんとずっと仲良くなりたかってん。よろしくしてくれる?」
「う、ん…よろしく」

苗字さんって笑うの下手やな、上手に笑う彼女に笑われる自分がちょっとだけ恥ずかしかった。
移動教室を一緒にした彼女は次々と自分の話を出す。私に自分を知ってほしいからまずは自分のことをいっぱい話すんだと彼女、平本さんは言った。私が話し終わったら次は苗字さんの番ねとも言っていた。私はどんな話をすればいいんだろう。彼女のようにうまく自分を他人に伝えることができない。
人とかかわるのが下手な私にはとても難しいことのように思えた。
そんな今はお昼で、今の話題は自分の好きなお弁当のおかずは何かってことだった。彼女はハンバーグが好きだそうだ。

「苗字さん…と平本?」
「白石君やん」
「自分らいつの間に仲良くなってん」

びっくりしたような顔で私たちを交互に見るのは、購買のパンと野菜ジュースを両手に持った白石だった。ちなみにここは中庭だったりする。

「苗字さんがこんなとこに居るって珍しいな」
「私が連れ出した!」
「そーかー。ま、うちの子頼んますわ」
「任しとき!」
「私は何なの…」
「っと、俺も隣ええか?」
「いいーよー!ねっ苗字さん」
「うん」

平本さんが一人分のスペースを作るように移動する。私と彼女の間に白石が座る。
白石や忍足以外の人とこうしてお昼を一緒にするのが新鮮で、緊張して…でもなんだかとても嬉しくて、もっともっと仲良くなれたらいいなと思った。

彼女のような素敵な子に、私がなれたらきっともっと自分に自信が持てるのに。彼女のように素敵な子になれたらいいのに、そう思うとちょっぴり寂しかった。

「苗字さんは、笑うんも下手やけど友達作るのも下手やな」
「えっ」
「もうちょっと自分を出してええねんで?」
「平本さんは人と関わったり、喜ばせるのが上手でしょ」
「そんなことないでー、私きっついやん。思ったことハッキリ言うやろ?」
「気を遣われてる気がしなくて私は、好きだな」
「そ、うかな…はは、そんなん言われたん初めてや」

「(あれ、俺場違いとちゃう…?)」