星とメランコリー | ナノ
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いっそ心ごと深く


身体を温めろと白石に言われお言葉に甘えてシャワーだけ借りることにした。寒かったし、暖まりたかったしありがたい。でも着替えをどうしようと新たな悩みが生まれた。そんな私を先周りして白石が綺麗に畳まれた洗濯物の中から着替えを拝借して私に寄越した。どうやらお姉さんの服らしい。勝手に使ってもいいのと聞けば「構へんわ、あの人しばらく帰ってこんし。気にせんで使ってや」と笑顔で返された。
ここまでしてもらってるのに、私が白石より先にお湯にあたっていいのだろうか。白石に先に入るようお願いしたら、「女の子は身体冷やしたらアカン」と怒られた。はいはい風呂場はこっちやで、と半ば無理やり脱衣所に押し込まれる。白石は頑固だ。

シャワーを浴びて脱衣所を出るとTシャツにスウェット姿のラフな白石さんが頭をタオルで拭きながら携帯をいじっていた。白石って家でこんなかっこしてるのか。やっぱり学校と違って家だとリラックスしてるんだなあ。学校で見る王子様な彼とはまた違ってて心臓が騒いだ。雰囲気が少し違う。

「お風呂ありがとうございました」
「おお、構へん構へん」
「あの、制服乾かしたいんですが…」
「せやな」

濡れた制服を白石がひょいとさらう。あ、と言う間もなく白石は脱衣所へ足を踏み入れる。

「俺のも乾かしたいし、やっとくわ」
「あ、ありがとうございます」
「ん。ちゃんと髪の毛やっとかんと風邪ひくで」
「うん、ありがと」

白石の部屋の位置を口上で伝えられる。階段をあがって一番奥の部屋と。

「部屋にドライヤー出しといたから使ってや」
「なにからなにまでありがとう」

白石はまた、気にしないでと笑う。どうしてこんなに、人を思いやれるんでしょうか。私も彼のようになりたいです。どうしようもなく願った。どう頑張っても私には真似できないことを白石は魔法のようにいとも簡単にやってのけてしまう。だから素敵、それが彼の魅力なのだ。私に真似できなくて当然なんだ。




白石の説明通りに階段を進んで廊下の奥を進んでいく。白石の部屋は予想していた通り綺麗に整頓されていた。話には聞いていたけど本当に健康マニアなんだなあ。ちょっと視線を移すと次から次へと健康グッズが目に止まる。小さなテーブルのそばに、行くと白石が用意してくれたドライヤーとブラシが置いてあったので、近くのコンセントにプラグをさしこむ。座布団に腰を落とすと、まさかまさかのテンピュールで驚いた。

「座布団まで低反発って…!」

白石はすごいとまた関心してしまった。あの人のこだわりは半端じゃない。この整えかたとか揃え方とか絶対A型だよ。几帳面タイプだよ。

髪を乾かしたあとはすることがなくて、妙にそわそわした。男子の部屋に入ったのなんて初めてだし。何気なくベッドの下を覗いて見る。定番なことをしてみても、定番な展開にはならず。ベッドの下にはごみ一つ落ちていなかった。ベッドの下にあったものとしたら、まごのてだけだ。まごのてがまさか出てくるとは思わなかったのでこれには面食らった。白石の部屋にまごのて…似合わない。意外すぎる。いやでも健康オタクの彼がまごのてを所持していたっておかしな話じゃない。でも、やっぱり似合わない。

1人で笑っていると、部屋に白石が入ってきて笑っている私を不思議そうな目で見ていた。

「何かおもろいモンでもあった?」
「まごの手がベッドの下から出てきた」
「あー、色々便利やねん」
「色々?」
「テレビのリモコンがそこに落ちてたりした時とか、それでひょいっとな」

彼の思わぬ一面にまた笑いがこみあげてきた。白石でもそんなことするんだ。やっぱり彼は私と同じ人間なんだと肌で感じて、どこか安堵感を覚えた。

「苗字さんの親御さんとか心配せん?」
「あ、うん…今日は二人とも仕事で家にいないから」
「そうなん?」
「うん、だから遅くなっても大丈夫」
「それやけどな」
「うん?」
「俺のオカンたちも今夜外食してくるらしくて帰り8時ごろになるんや」
「え、うん」
「でな、苗字さんさえよかったらウチ泊まってかん?」
「へっ!?」
「俺のオカンはエエて言うてるんやけど」
「なんですかこの展開は」
「いやこんな天気やし、送ってくんもエエけど今夜1人なんやろ?せやったら心配やしここにおってもらいたいって思うんやけど」
「…………」

白石のご家族の許可も下りてるし、私としてはとってもとってもありがたい話なんだけど、ここまでお世話になって甘えてしまっていいものなのだろうか。絶対きっと天罰があたるに違いない。困ってる私に白石の表情も困り出す。ああそんな顔をさせたいわけじゃないんだよ、なんて言おうか困ってるの。答えてもいいの、断るならなんて答えたらいいの。疑問が2つ4つポンポンと頭の中に生まれてくる。

「苗字さん1人で平気なん?」
「え」
「1人慣れてたとしても、こんな天気に1人じゃつらいやろ?」
「白石、ごめ、ん」
「あ、またお節介やったよな。俺困らす気はなかってんけどほっとけんくてごめん」
「こんな優しくされて幸せでいいのかな、って困ってるんだけど」
「え、」
「いいのかな」
「ちょ、苗字さん!?ごめんえっと、別にええんとちゃう!?」

やから泣くことないで、と白石の親指が目元をぬぐった。その指先も目も白石本人の気持ちも優しくてもっと泣くかと思った。
ていうか何で泣いてるの私は。子供じゃないのに、こんなにボロボロ泣くなんて。しかも人前で。恥ずかしい。穏やかな目でそんな見つめないでよ、もっと甘えて泣きたくなってしまう。全部打ち明けたくなる。打ち明けた分、彼なら受け止めてくれるんじゃないかって思ってしまう。そんな弱い自分になりたくないのに。


「苗字さんって意地っ張りなんやな、知ってたけど」
「…うる、さいな…」
「そんないっつも肩に力入れとるから、泣き虫になんねん」
「うるさいってば、っ!」
「俺、苗字さんのこといつも可愛くないやっちゃなーって思ってたけど、最近はむっちゃ可愛え子やなって思うねん」
「は…っ?」
「なんでやろな」


そんなの、私が聞きたいよ