星とメランコリー | ナノ
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流れて辿りついた


朝練の後、いつも一番先に着替え終わる金ちゃんよりも早く着替えて教室に向かう。お目当ての彼女の姿はまだない。しめた、と口角を上げたらたまたまおった謙也に「うっわ、白石 やがみ家のライトさんになっとんで!」と言われた。どういう意味や。いつものDOYA顔どこいったん、と騒ぎ立てる謙也は無視した。やがみ家のライトさんやっていつもDOYA顔やんけ。謙也を適当にあしらってその場に残し、早足で下駄箱へ向かう。途中苗字さんの姿がないかすれ違う人に気をつけながら。
探している彼女とは廊下や階段で会うことなく、目的の場所までつく。苗字さんを玄関で待ち伏せとかほんまのストーカーみたいやな、と苦笑いが漏れる。きっと苗字さんも俺をそういう目で見るだろう。もしかしたら面と向かって気持ち悪いと言われるかもしれない。あ、普通に想像できてなんか悲しい。

「もしかしたら来んかもしれんなー」

今日彼女が学校に来るとは限らない。休みかもしれないし昼から登校してくるかもしれない。そんな俺の不安をかきけすようにいつも通り気だるそうな表情と目の下に影を作った彼女は目の前に現れた。
靴を履き替えた苗字さんは、俺を見つけるなり口角をがくっと下げる。逆に俺の口角はぐっと上がった。不機嫌そうな顔が俺によってさらにその色を濃くさせてしまった。そんな苗字さんは、すのこに上がったまま動かない。
効果音をつけるなら“げんなり”といったところか。

「おはようさん」
「おはよ」
「そんなとこに立っとらんとはよこっち来てくれんかな」
「え、なん、で」

露骨に嫌そうな顔を作った苗字さんは、俺から逃げるように一歩退いた。

「まあまあそう嫌そうな顔せんと」
「や、何なんなの、何で白石ここにいるの」
「そんなん、苗字さんを待ってたからに決まってるやん」
「だからなんで」
「ほないこかー」
「聞いてないし答えないしってか行くってどこに、教室?」
「ちゃうちゃう、こっちやこっち」

俺が行きたい場所とは逆方向に進み出した苗字さんの腕を引っ張って止める。苗字さんはやはり嫌々とわめきながら俺から脱走しようと必死になる。が、彼女の力じゃ俺の手から逃げるのは不可能で引きずられるように俺の後に続いてもらっている。
長い廊下を歩いてやっと目的の個室の前にたどり着。ドアをあけると、こんな時間に利用者はいるはずもなく中はがらんとしていた。

「まだ先生きとらんのか」
「保健室になんの用なの、」
「ちょっとなー」
「私今日は別に気分悪くないから!」
「せやなー、機嫌は悪そうやけど」

ほんのジョークのつもりだったのだが苗字さんに本気で睨まれてしまった。これ以上苗字さんを刺激すると目的が果たせなくなるかもしれないので、何も言わずに中へと足を進める。彼女を怒らせるためにここへ連れてきたわけやないしな。

「やっぱ正確にしといた方がええと思うねん」
「なにが! さっきから白石一つも私の質問答えてくれない」
「女の子にこういうこと本当はしたくないんやけど…堪忍な」
「…はっ…!?」

苗字さんの両腕を掴みひょいと持ち上げてストンと落とす。やっぱり苗字さんの腕は細いし体は軽いし、簡単に持ち上がる。強風が吹いたら風船みたいに飛んでってまうかもなぁ、割と本気で。

「な、なっ、なぁっ!?」
「あ、」
「こ、っ白石っ何、なにすんの!」
「自分でもこれ最低な行為やってわかってんねんけど、苗字のためやねん!」
「意味わからんわっ!」

いっきに顔を真っ赤にさせた苗字さんはじたばたと暴れながら俺から逃げると、真っ赤な顔で俺を睨みあげた。興奮(かなりご立腹)のあまり普段標準語の中の標準語というような話方の苗字さんが(あの苗字さんが)、ちょっと関西弁なまりになった。ちょっとうけた。謙也がおったら絶対喜んだと思う。「苗字もついに関西人の仲間入りやー嬉しいなぁー!」とか言いそうだ。まあその話はおいといて。

「あー、やっぱ苗字さんあれやん」
「もう、白石き、きら、い…! うわあああああもとから好きじゃないけど!」
「平均体重下回っとんで。どんだけやねん。ちゅうかもとから好きやないってなんやねん傷つくわ」
「白石最悪もう朝から最悪! もう寝る!」
「そーや苗字さんは寝た方がええねん」
「寝れないから!」
「どっちやねん」