星とメランコリー | ナノ
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雑音を拾う


「ベッド借りてもいいですか」
「寝れそう?」
「わかんない」
「まあ、ええか。私これから高橋さんと話してこなあかんねんけど…」
「いってらっしゃい。大丈夫何とかします」
「何をする気なのかしら」
「……さあ?」

あなた適当すぎよ、と先生は目を細めてやれやれというように溜息を吐いた。そして、うんと頷くと近くに置いてあったハンドバッグを片手にかけ、俺の肩をぽんぽんと叩いてから保健室を出ていった。

「白石も教室戻ったら?」
「戻ってほしい?」
「うん」
「即答とかひどいわぁ。俺は戻りたくないんやけど」

彼女はそのまま黙り込んでしまった。きっとなんて答えたらいいのか迷っているのだろう。戻ってほしいと訊かれて正直に、肯定しているんだから何を今更迷うんだろうと思ってしまった。苗字さんて何気にズバズバいうな、とギャップを感じてしまう。マイペース故なのかなんなのか。

「苗字さん寝るん?」
「寝たいけど、寝れないと思う」
「もしかして俺がここにおるから寝れんとか?」
「それもちょっとあるけど、あんま関係ないからそこは気にしないで」
「(ほんまズバッと言うなぁ…)じゃあ苗字さんが寝るまでオハナシしようや。俺の話聞かせてってこの前言ってくれたし」
「……いい、けど」

苗字さんは渋々といった感じで了承してくれた。座ってるのちょっとしんどいから横になっていていい、と訊いてきた苗字さんを奥のベッドに向かわせ、俺はその近くにあった椅子に腰かけた。

「あの先生いつも授業中どこ行ってるん?」
「タカハシさんの所」
「誰か…俺が聞いたらマズイんかな」
「まずくはないんじゃない。私も事情を知ってるだけで本人知らないし。名前知ってるくらいなら悪くはないかも…わかんないけど」

他人の事情をこうやって話すのアレだけどね、と彼女はほんの少しだけ悲しそうに目を細めていたずらがバレた時の子供のような表情をした。不覚にも可愛いと思った。

「私が知ってるのは、タカハシって苗字と女の子ってことくらいかな」
「そうなん」

高橋という苗字は一学年の中でもかなりの数がいるから誰かを特定することは出来なかった。それに苗字さんは学年も知らないという。知っていたとしても、俺には言わないだろう。言いたくない、言えない理由があるんだと思う。
長い沈黙の後、苗字さんは目を閉じながら口を開いた。

そこで、俺の肩がはねる。
肝臓を冷えた手にわしづかみにされたような感覚が走った。



「その子、イジメにあって…学校に通えなくなったの」

その可能性を考えなかったわけではない。けれどどこかでその予想が外れることを願っていた。彼女の口から出てきた一言に、一瞬眩暈が起きそうになった。ただ、苗字さんが他人の話をしている、それだけだ。どうして眩暈が起きる必要があるのだろう。
それは、何故か苗字さんの表情はただの世間話や噂話をする表情にしては深刻そうで今にも泣き出しそうな、そんな色が浮かんでいたからだろうか。

「その子ね、頑張って学校に来れるようになったんだ。担任とか保健の先生も頑張ってたんだって。でも、教室には入れなくて……当然だよね。それで授業中に、先生が開き教室でカウンセリングしてるんだって。たまに勉強もみてるんだよ。どこの教室なのかも知らない、詮索するつもりもないけど」
「そう、やったんか…。遊びに出掛けてるんやと思ってたわ」

不謹慎ながらそう率直に言った俺に、苗字さんは空笑いをして、「先生もそう思っててほしいと思うよ」と言った。その瞬間、苗字さんって優しいんやな、とふと思った。漠然とそう思った。