星とメランコリー | ナノ
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足掻いてみてそれで


周りは私をどう思ってるんだろう、なんて気にしても仕方がないと解っているのに考えてしまう。
周りは私を空気のようだと思ってるのだろうか。
それは幸せなことなんだろうか悲しいことなのだろうか、どうも感覚がマヒしてしまっているのか解らなかった。

前の学校の人たちは今頃きっと笑っているのだろう。もう、私という存在を忘れてしまっただろうか。いや、それとも…もしかしたら彼女たちは私の存在を元々ないものとしていたのだろうか。事実それが正しいのかもしれない。
今となっては思い出したって、いくら考えたって答えなんか出やしないし。それでいいと思う。

じゃあ他人じゃなくて、親はどうなんだろう。お荷物だと思ってるんだろうか。腫れ物扱いを受けても私は、きっと文句を言わないだろう。いや、言えない。自分は文句を言える立場にないと解っている。
実際に、あの人たちに文句を言ったり不満を告げたりしたことがない。わがままも極力言わないようにしているし、何か希望を親へ言ったことがない。
あの人たちの“娘”というよりも、ただの“人形”だ。親に人形のようになれと言われたことはない。自分がそうしたいから、そうしているだけだ。
―― 自分には後ろめたさがあるから

私が、前の学校に行けなくなった理由を知っているのは、周りには両親だけだった。
親の仕事の都合こっちに来た、と関東から引っ越してきたことを聞かれたときは答えるのだけど。事実はそうじゃなくて、私が学校に行けなくなってしまったから父親が乗り気じゃない転勤話に乗っかって引っ越しを決めてくれたのだ。母はそのことに何も言わなかったけれど、不満そうな顏で、しきりに溜息を吐いていた。父もひどく疲れていた。
そんな両親を目の当たりにして、私に何が言えただろう。

ぎゅうと心臓を掴まれたように胸が苦しくなって、今すぐここから消えてしまえたらいいのにと何度も繰り返し思った。自分が情けなかった、申し訳なかった。

こんなにも両親に迷惑をかけたのに、私はあの人たちに求めてしまったのだ。

―― 立ち直る言葉がほしい

“大丈夫だよ”って言ってほしかったのかもしれない。自分は何も悪くない、と庇ってほしかったのかもしれない。

そんなことを今更考えても、意味がなかった。両親はそんなこと口にしない、関わろうともしない。私から関わろうとしたこともない。近づいて拒絶されるのが怖いから。
家族にも他人にも臆病な私のせいで関われないという板ばさみな現状が毎日心の中を蝕んでいくのがわかる。でも他人と関わらないというのは私が求めたもので、私の意思でそうしたのだ。

もっと人を信じられるくらいの勇気があったらよかったのに。他人に拒絶されたって次へ進めるだけの強さがあればいいのに。
そんなことを何度も何度も考えるのに、願いは叶わず今では小さな期待ですら完全に諦めてしまっている。それでいいと自分に言い聞かせて、何も行動に移さない私はやっぱりただの臆病者だ。

庇ってほしかった。慰めてほしかった。勇気がほしかった。愛されたかった。そんな思い全部心の奥に封じ込めて、あの人たちには何も…これ以上迷惑をかけないために、これ以上嫌われてしまわないように、重荷にならないように…求めないと決めた。


私の勘違いかもしれないけど、思い上がりかもしれないけど、こんな面倒で迷惑しかかけられない私に関わろうとしてくれる人がいた。私に大丈夫だと言ってくれそうな人がいた。彼なら言ってくれるんじゃないか、と期待してしまったんだ。

人と関わることに臆病な私が、あれから初めて人と関わりたいと思った。願いにも似ていた、気がする。神様、お願いします、って祈りそうなくらい。

拒絶しなくちゃと思った。……怖いと、思ってた。けど気付いたら自分のことをほんの少しでも打ち明けていた。
『私の話は暗く卑屈なものしかないんだ』なんて、自分で彼を遠ざけて拒絶したくせに、その直後『今度は』なんて言葉を彼に使ってしまったのは何故なのだろうか。私自身にもわからなかった。

自分のそんな矛盾した行動が、許されないものに思えて一晩中自分を責めた。言い訳も探した。何も解決しなかった。





*****


私の視界の中に、手紙のやりとりをしていた子と“佳代子”さんがいた。ぼうっとその三人を見ていた。何も起きない。当たり前だ。彼女達は楽しく談笑している。

私は、どうしてほしかったんだろう。

信じて、裏切られて、それはどこの世界でも一緒なのだろうか。『佳代子』さんはあの二人を信じているのだろうか。裏切られる前に傷つかない方法を考えた方がいいんじゃない? そう思っても彼女にはきっと届かない。


「あ、苗字先輩」
「財前…?」
「こんにちは」
「うん。なんか久しぶり」

物思いに耽っていたら横に財前が立っていた。財前も人の目を集める。あまり居心地のいいものではなかった。

「謙也さん見ませんでした?」
「謙也?」
「忍足っちゅー金髪の男」
「忍足って謙也って名前なんだ」
「それくらい覚えときや」
「はは」

覚える意味がわからない、とは口に出来なかった。
私が彼の下の名前を知っても使う時なんてこの先来るはずないし、口にだってしないだろう。今は覚えていたとしても、しばらくしたらきっと忘れちゃうだろうな。呼ぶ予定もないし。

「ごめん、見てないや。白石と一緒なんじゃない?」
「そっすか、ありがとうございました」

財前は用件をすませたように教室から出て行った。ああ、そっか。財前はテニス部だったということを思い出す。そして忍足もそういえばテニス部だったような……。
テニス部って派手なのか、やたらと目立つ…。