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滑稽な物語 「とりあえず座ってや」 「…………」 少々しつこかったか…。苗字さんは出て行くことを諦めたのか溜息を吐いて、座ればいいんでしょ座れば、という感じで椅子にどかっと座った。結果オーライやな。 苗字さんって気弱とかそういうイメージがあったけど、案外そうではないのかもしれない。全然気弱くないし、むしろめっちゃ強気のような…でも押しに弱いかもしれん。あれやっぱ気弱? 「苗字さんと話したいことあってん」 「……なに」 「…このことなんやけど」 ポケットに入っているあの紙を彼女の前に持っていくと、苗字さんは一瞬苦しそうに眉間に皺を作って「それが何」とそっけなく言った。その顏はひどく悲しそうだった。苗字さんの表情を見てから、聞こうと思っていたことが思い出せない。 「なんでそれまだ持ってるの」 「捨てられへんねん、なんや気になってもうて」 「それね、書いた人…と書かれてる人、うちのクラスの人だよね」 「え、あー…まあ」 「…………」 「そうやなくて、その子らのことが気になってるんやなくて…苗字さんのことが気になって捨てられへんっちゅーか」 「なにその責任転嫁みたいな言い方」 「苗字さんって何気に毒舌ちゃう?」 「そうでもないよ」 しばし沈黙。苗字さんの着眼点が他の人とはなんとなく違うというかズレているのか、俺の予想する切り替えし方は未だに実現してくれない。 ここは俺から何か言うべきなんだろうけど、彼女の表情を見てると何も言えなくなった。何かを俺に伝えたそうな、何かを吐き出したいと告げているような瞳をしていたから。そんな顔しとるわ、なんて直接苗字さんに伝えたらきっとまた「それって完璧に責任転嫁じゃないの? 白石の直感だけでわたしを決めないでよ」なんて言われそうなので指摘するのはやめておいた。 「何で気になるとか訊いてくれんの?」とか、他にも話を続けさせようと考えた話題は全て彼女に届くことなく俺の中で丸められて消去される。 沈黙が続き、微妙な空気が俺と彼女の間に流れ始めたとき漸く彼女の唇が開かれる。 「私、なんか気になっちゃって…気づいたらあの子たち見てるの」 なんとなく、そんな気はしていた。苗字さんは明らかに彼女達を気にしていて、彼女の視線の先を辿ってみるとその先にあの子らがいる時がある。俺はどちらかというとあの人たちよりも、それを気にしている苗字さんが気になってしまっているんだけど。 「私、ああいうのダメなの。その子達は楽しそうに話してるんだけど、じゃああの手紙に書いてあったことは何なのか分からなくなる。どっちが本当なんだろうって思って、私のことじゃないのに不安になるんだよ」 なんでもないように淡々と言葉を並べていく苗字さんはどこか強がっているようにも見える。 不安になる、そう口にした彼女がきっと本物なんだろう。 なんでもないような虚勢をはりながら、本音をぽろりと落としていく彼女はまるで俺に何かを気付かせようとしているんじゃないだろうか。俺の思いあがりかもしれない。それでも落とされた本音をそっと拾いあげて、彼女の言葉に注意するように耳を傾けた。 「何でこんな話してるんだろうね。白石さ、その紙誰にも見せてないよね」 「見せて俺に何か得があるとも思えんしな」 「捨てられないって言ってたけど…やっぱりそれ、そのまま捨てた方がいいと思う」 膝の上に手を置いている彼女がきゅっと拳を作る。 捨てた方がいい、それはもちろんのことだ。でも、そしたら俺と彼女の共通するものがなくなってしまう。 こんな他人のやり取りしか書かれていない俺たちには何の関係もない紙切れを、俺たちの繋がりにしようとする俺は本物のアホなんじゃないだろうか。こんなの、完璧ちゃうやろ。無駄やろ無駄。 「私にもそういう経験あるよ」 「……え?」 「そこに書いてあるのと似てるような内容のものを直接渡されたことがある」 「…………」 「影で言われるのも、直接言われるのもやっぱりつらいね」 「…それ、」 彼女が、この紙をみてあそこまで怯えた表情をしたわけがわかった。 あれを見て心から悲しんだわけじゃない、自分と重なって苦しかったのだ。それなのに俺は無理矢理聞き出そうとしたり、今回のように話を掘り返すような真似をしてさらに彼女を苦しめてしまった。やっぱアホやな俺。明日から謙也のことアホ呼ばわりできんくなるわ。 彼女を知れたのはよかったと思う、けど結果彼女を傷つけた。俺は何をしてるんですか、と自分に問いただしてやりたくなった。目の前にもう一人の俺がいたら、間違いなく胸倉を掴んでそのまま頭突きをかましてやったことだろう。 「すまん」 「や、こっちこそごめん。こんなの私の勝手なのに、白石に話すことじゃなかったね」 「言わせてしもうてごめんなさい」 「今の、聞かれてなかったよ。私が言い出しただけ」 誰かに言ったら、吹っ切れると思っちゃったんだ。そう彼女は言って無理に微笑んで見せた。他人と関わることが嫌いなわけじゃなくて、他人と関わることが怖いということなんじゃないだろうか。苗字さんはただ人と関わることで傷つくのを恐れているだけなんじゃないだろうか。 それを自分の内側にためて、辛いのを積み上げてしまってるんじゃないだろうか。 なんとかしてやりたいとか、そんな大それたことは言わないし、できない。それで俺は自分の興味本位を呪った。結局俺は聞くだけ聞いて何も言えなくなるんだ。ただ彼女の傷に塩を塗り踏みつけただけだ。 「言いたくなかったよな」 「…あんまり。でも思い出したくないから言えなかっただけ」 「何で、俺に話してくれたん? あ、俺から聞いといて都合ええなこの言い方、」 「白石が、言ったんじゃん」 「え?」 「お話ししようって」 彼女は避けていた目を真っ直ぐに俺へ向けて言う。 「私のオハナシってこれくらいしかないの」 そう続けられた言葉はまるで、だからこれ以上私に何か言うのはやめて、と俺を拒絶しているように聞こえた。 何も言えない俺を残して、彼女は椅子から立ち上がる。静かになった部屋に終業のチャイムが響く。 彼女はそれを聞いてドアの方へ身体を向け、俺を一瞥してから歩き出した。 「今度は、白石の話聞かせてよ。私みたいのじゃなくて明るいやつお願いね」 そう残して、彼女は保健室を出て行く。苗字さんの言葉を反芻する。どういう意味なんそれ。 ピシャリと閉められてしまった扉を、頬杖を付きながら見つめる。何も変わらない、ただ小さい窓と白い扉があるだけだった。 「なんや俺…女々しいんやけど」 ヘタレキャラは謙也だけで充分やっちゅうねん。本人に対して失礼なツッコミを入れてから立ち上がる。教室まで歩いてったら遅刻してまうかな。 |