星とメランコリー | ナノ
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放り込まれた


例にならい先生は授業前にちょっと用事があるとかで出掛けてしまった。あの人外出多すぎやろ。得に授業中。
次の授業に行くのが億劫だったので先生がいないのはサボるのに都合がいいと思ってしまった。
まあ今回くらいええやろ、と楽観する。始業のベルを聞きながら目を閉じる。廊下を走る音が遠くに聞こえた。

授業が始まり10分くらいたったころ、カーテンレールが引かれる音と一緒に苗字さんがカーテンの向こう側から出てきて、俺を見つけると吃驚したように目を開きながら何でいるのという顏を作った。

「おはようさん。もう授業始まってんで」
「始まってる、って…白石何してるの?」
「サボり」
「え、……」
「俺がサボりとかありえへんって顏に見えるんやけど、ソレ」
「…あ、…うん。そう見えた」
「俺そんな真面目やないで」

はは、と茶化すように笑ってみる。苗字さんは一瞬驚いて…その後はさして興味がないように無表情になって、保健室を見回した。先生を探しているんだろう。
彼女は、先生がいたらサボってないよな、と思ったのか納得したように左右に動かしていた首の動きを止めて俺を見た。

「苗字さんお腹減ってへん?」
「減ってない」

簡潔に答えた彼女は、保健室から出て行こうとする。多分、彼女は俺と距離を置きたいのだろう。俺を、じゃなくて、俺を含めた他人と。
このまま教室行くんかなー。でも苗字さんって人の目集めるん好きやなさそうやしなぁ…。堂々と授業中にドアあけてクラス中の視線を独占するようなことは好まないはずだ。

「なあ、苗字さんて」
「……なに」
「一人が好きなん?」
「え、」
「あんま人に近づこうとせんから、そうなんかなと」

彼女は言葉をどう並べようか迷った素振りを見せたあと、小さく別にと呟いた。

「一人が好きなわけじゃないよ。人に近づきたくもないけど」
「あ、もう一つ聞いてええ?」
「……なに」

彼女はめんどくさいと怪訝を混ぜ合わせたような表情で俺を見た。いや、あれは睨んでいるのだろうか。それでもちゃんと聞いてくれる姿勢を見せる彼女はどこか人に甘い、と俺は思う。彼女がお人よしだとか人に甘いとか断言まではできないけど。

「今出てこうとしてるやん」
「うん、だって授業中だし」
「でも教室には戻らんやろ」
「…………」
「ちょっと俺と喋べらん?」
「それって質問なの?」
「あ、せやな…これじゃお願いになってまうか」
「聞きたいことってそれだけ?」
「ま、頼みごとでもなんでもええやん。一緒に喋ろーや」

彼女は口をへの字に歪めて、何でよ とでも言いたげな目を俺に寄越した。俺って嫌われてるんかなあ。本気で遠ざけようとしてんのかな。俺は苗字さんと仲良うなりたい、思ってんけど。理由とかそういうものはないけど、ただなんとなく。一人が好きじゃないのに他人を遠ざけようとする苗字さんがなんとなく、気になってしまった。それってどういうことなのか、知りたくなった。一人でいるその理由に触れてみたくなったのだ。こんなことを正直に彼女に打ち明けたら確実に嫌われるかもしれない。ただの興味だって言ったら怒られるだろう。

「サボりっちゅーても、喋る相手がおらんかったらつまらんやろ」
「サボりって大抵一人なんじゃないの」
「そうなん? さっすがサボりの先輩やな」

皮肉に聞こえただろうか。彼女はムッとした表情で今度こそ俺を睨んだ。

「苗字さん、ちょおここ座って」
「何でですか」
「話そうや」
「白石さ、目いいんでしょ。私の顏見えてるの」
「見えてんで。可愛い顏が無表情のせいで台無しになっとるわ」
「そういうことじゃなくてね、嫌がってるって気付いてるでしょ」
「可愛いは否定せんのかい」
「そこは大して重点じゃないと思ったの」

一々必死で言葉を探して、答えてくれる彼女が面白くて、可愛くて、このまま授業が終わるまで話していたいと思った。なんだかんだ俺の言葉に反応して、それに返して、嫌な素振りを見せつつ付き合ってくれる彼女がなんだか可愛くて…彼女の機嫌は悪くなってしまうかもしれないけどもうちょっと続けたいと思った。

他人に近づこうとしないのは、人見知りなだけなのかもしれない。だったらこうやって話していればきっともっと打ち明けてくれるのではないか、仲よくなれるのではないか。そんな気がした。というかそう思いたい。

「ほんじゃま、まずそこ座ってや」
「座るけどただ立ってるのに疲れただけだから」
「でも一緒に残ってくれるんやろ?」

彼女は俺をよく睨む。俺は彼女をよくふくれっ面にする。いつかそのふくれっ面を笑顔にしてやるのが今の僕の目標です。そうくそ真面目な顔で告げたら、苗字さんは心底嫌そうな顔をしながら俺とのキョリをぐっと広げた。しくった。