星とメランコリー | ナノ
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確かに君を呼ぶ


保健委員の当番だったことを昼休み前の授業中に思い出し、謙也にその事を伝える。謙也はわかったと言って聞いてもいない授業をいかにも集中してます、という顏をしながら黒板の方に向けた。そんな事したって意味ないやろ、と呆れたのは内緒や。

今朝母親が持たせてくれた弁当を持って保健室を訪れると、珍しく先生が椅子に座りながら備え付けのテレビで野球中継を見ていた。先生は手を叩きながら、選手の応援に必死なっていたので俺が挨拶したことには気付いてくれなかった。まあええか、そこまで気にせずに、先生の隣にある事務机に弁当を広げる。「いただきます」と言ったところで先生はやっと俺の存在に気付き「あれ、白石くんいつの間に来てたの」と目を丸くさせた。

「挨拶したんやけど、野球に夢中になっとたんで…邪魔するんも悪いしそのまんまにしてました」
「あらー、ごめんね! 今すごくいいとこだったのよ」
「どっち勝ってはるんです?」
「ロッテやなー。さっきホームラン出してん」
「へぇ」

ロッテがこのまま勝ち進んだら、菓子とか安くなるんかな。また姉貴たちが買い込むのだろう。両手いっぱいに菓子袋を持つ身内を想像すると笑いがもれた。しばらくしてから絶対太ったとか肌荒れやばいとか騒ぐんやろな。

中継されていた野球の話を興奮気味に話す先生の横で相槌を打ちながら弁当の具を平らげていく。
ごちそうさま、と手を合わせるとちょうど先生の説明も終わったらしく、また先生の目はテレビへと釘付けになっていた。この人ほんと何してんねん。
きゃー何やっとんねーん!とか叫びながら俺の腕を叩くんはやめてほしい。痛い。先生、興奮しすぎや。

「もうすぐ終盤やないですか?」
「ねー。このままロッテの勝ちかもなー」

先生と試合の流れを話し合っていたら、ドアが開かれる音がした。自然と目はそっちへ向けられる。ドアの傍には無愛想な顏をした苗字さんが立っていた。彼女は軽く頭を下げて挨拶してから名簿に記入を始める。先生はテレビの音量を少し下げてから、苗字さんに笑顔で挨拶した。それに軽く答えた苗字さんはそのままベッドの使用を先生に告げカーテンの向こうへ消えて行った。

しばらくして、野球の試合が終わる。先生は大きく息を吐き出して、んーっと身体を伸ばしていた。
苗字さんが寝ているであろうベッドの位置をカーテン越しに見つめる。彼女はもう寝たのだろうか。
弁当を机に広げている先生の手元を見ながら、以前からちょっと気になり始めていることを聞いてみた。

「苗字さんのことやねんけど」
「ん? 彼女がどうかした?」
「ようここに来はるんですか?」
「なんで?」
「この前利用者名簿見てよく来てるな、思ったんです」
「あ、苗字さん確かによう来てるけどな、アンタらと違ってサボり来てるわけちゃうから」
「俺らみたいって何やねん」
「タメ口きかんの!」
「すんません」

やっぱり仮病とかではなく、本当に身体が弱いのか。それを聞いてなんだか急に深刻な話のように思えて苗字さんが心配になってきた。

「彼女、どっか悪いんですか?」
「そんなん本人に聞いたらええやんか」

先生は忙しそうに手を動かして、次から次へと弁当を口に運ぶ。落ち着きない人やなぁ…口にいっぱい飯詰めてるとこなんてリスみたいや。必死に昼食と戦っている先生がなんだか間抜けでちょっと吹き出しそうになった。

先生は、そんなん本人に聞けと言うが、聞いていいのか。いや、本人じゃない他人に聞く時点でどうなんだ。
俺が気になったからという理由だけで、聞いてしまっていいのか。本人にも他人にも聞いてはダメなような気がする。他人から聞いたって苗字さんを傷つける結果になってしまったらどうしようか。好奇心と興味範囲でしたなんて言い訳をして彼女を苦しめたりしたら俺はどう責任とったらええんやろ、とか考えていたら先生がそれを察したように口を開いた。「ちょっほ、待っへな」と。

弁当箱の近くに置いてあったペットボトルを掴んでごくごくと喉を鳴らしながら、口に入っている物を胃に流しこむ先生を見て、この人ほんまに保健の先生やっとってええんか?と案じてしまった。いい歳した大人のすることちゃうわ。

「そこまで深刻にならんでもええやんか」
「でも」
「まあ、そんな軽い問題でもないんやけどな」
「言ってること矛盾してるんですけど」
「ええねんええねん」
「よくないよくない」
「本人に素直に聞いてみたらええ。ほんで答えもらえんかったらそれだけのことやん。聞いてダメならそれ以上踏み込まない、私から言えるのかここまでですー」
「あんま参考にならんねんけど…むしろ今の発言のせいで余計深読みしてまうんやけど」
「白石くん…先生はな、たまには大きく出んとアカン時もあるって思う。それが今なんちゃう?」
「先生、それ…その台詞言いたかっただけやろ」
「ええねんええねん」
「よくない言うとるやないですか」

先生は陽気に笑いながら弁当箱を片付けていた。この人やることもそうやけど、言ってることもはちゃめちゃや。
まあ、答えもらえんかったらそれまで、ってトコは参考にさせてもらおかな。自分への逃げ道を作ってる俺はなんて卑怯な人間なんだろう、と自己嫌悪に陥りつつ、苗字さんのことなんでこんな心配になるのか考え始める。
そしたら真っ先に謙也の顏が浮かんだ。なんや俺めっちゃアイツんこと好きみたいやないか。何で謙也が出てくんねん、とツッコミを頭の中で入れた直後、アイツが苗字さんのことに一々気付くせいや。一々気付くとはいっても、彼女が授業に出てないとかそんな程度のことやけど。