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密やかな浮遊 保健委員として、仕事をまっとうしている昼休み、先生はまたしてもどこへ出掛けているのやら……不在。 あの人よくあんなんでクビにならんなぁ。オサムちゃんといい保健室の先生といいウチの学校気抜けた教師ばっかやな。あ、ここ笑うとこやで。 保健委員をしていると、色々な生徒と顏を合わせる。サボりに来る奴、怪我した奴、何の用もないのに訪れる女子。多分ヒマ潰しに来てるんやな。気分悪い生徒がいる時に来られると面倒通りこして迷惑やっちゅーねん。 保健室利用者名簿を開くと、財前光の三文字をよく見かける。アイツサボりすぎやろ。今度注意せんと。 それに続いて謙也の名前も何度か見かける。 30日間の中で5回から多くて10回くらい利用しているらしい。アイツは足元不注意やからようコケては怪我しよる。アホやな、アホ。原因はそれや。 その他にも知っている生徒の名前を何度か見かけたり、知らない生徒の名前も何度か見かけた。生徒の中には名前だけ知っている奴もいる。何や俺、ストーカーみたいやな。ちゅーかコワッ! 俺コワ! ちゅーかコイツら保健室利用しすぎやろ。謙也はもうちょい周りのもんに気を付けてもらいたい。財前もサボりたいだけで保健室利用せんと、よそで大人しゅうしとってほしい。そしたら文句は言わん。いや やっぱ文句は言うか。 そんなテニス部二人よりも断トツに、『苗字 名前』の名前が多いことに気付く。 利用者名簿なんて普段はチェックしないのだが、先日苗字さんが財前と一緒に保健室におるところを見て、なんとなく気になって見てみると思った通り、苗字さんの名前が週に1、2度…多くて3度はある。ホンマにどっか悪いんちゃうかな。と考えて、何故か背中が冷えて行くのを感じた。 「やっぱ運動部の利用が多いか」 ほぼ毎日盛況のはずの保健室が本日は何故か不況だった。まあええことなんやけどな。ヒマなので保健室利用者をデータ化してランキングまで作ってしまった次第だ。 誰もこないのはいいことなんだが、あまりにもヒマでやることがない。いや、やることはあった。けれどここに来て数十分で終わってしまったのだ。 珍しく、用もないのに訪ねて来る女子の軍団も今日は来ない。そこは平和でええことなんやけど。でも利用者が出ないのが一番の平和なんやろな。ヒマやけど。俺めっちゃヒマしとるねんけどな。 携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込むと、クシャリと何かが掠れた音と握りつぶした感触が手に残った。 この前帰りに寄ったコンビニのレシートでも入れっぱなしにしていたのだろうか、と取り出してみるとレシートにしては悪趣味なくらいハートが紙全体に散りばめられていて目に痛いくらいのピンク色した紙が出てきた。 「……これ…」 確か、先日苗字さんが教室の掃除をしている時に拾ったものだった気がする。それを見せてもらってそのまま返さずに持っていたのだ。いや、苗字さんに返すのもなんか変な話やけど。 その紙にはどこにでも存在するような友人同士の愚痴が書かれている。苗字さんはこっちが驚くくらい、このやりとりに吃驚していた。 「…これ見て泣いてたんかな」 悲しそうな目をしながら、俺から顏を背けた時の彼女の表情を思い出す。これ以上見ていられないと言っているようで、なんとなく見せてもらったメモ用紙を返す気になれなかった。返してしまったら、彼女がまた泣いてしまうんじゃないかと直感的にそう思ったのだ。彼女のことをそこまで深く知っているわけじゃないし、本当のところはどうなのか解らないけど、俺は自分の直感に従って読んでしまったソレを何も言わずにポケットにしまってしまった。 まあ苗字さんもその事に対して何も言わなかったのだから、さして問題ではないだろう。 このメモ用紙に書かれていた内容も、俺が誰にも言わなければ、これを書いた本人達にも名指しで出ている『佳代子』という人物にももちろん他の生徒にも知られることはない。 苗字さんはきっと誰にも話さないだろうから、これは俺と彼女だけの秘密ということになる。なんやそれオモロイやん。苗字さんはきっと喜んではくれないし、むしろ俺を軽蔑するか嫌うか怒るだろうけど。 「秘密を共有するって…なんやドキドキするやんな」 「部長、キモイっすわ。なんなんです、とつぜん」 「いやあ、エロイ響きやと思わん?」 「頭湧いてんのはあのホモ達だけで充分っすわ」 「あらぁーん? 蔵リン誰かと秘密でも作っちゃったん?」 「まだ作ってへん」 「まだって何スカ」 「財前が食いついたで!」 「何やつまらん思っただけですわ」 悪いと思いつつ、手の中にある紙はもうしばらく俺が預からせてもらおうと思う。 |