星とメランコリー | ナノ
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悪いのは誰



『佳代子さー、最近うざくない?』

私の手の中にある紙には一言そう書いてある。佳代子っていうのがどの子かわからないし、もしかしたらこのクラスの子じゃないかもしれない。クラスの人を全員把握してないので誰なのかわからないけど、佳代子という人物に対して何かを感じるのも確かだった。この感情をどういう言葉で表せばいいのかわからない。心臓が締め付けられているような感じがする。心臓が、痛い。痛いのは心臓なのか心なのかどっちなんだろう。
文自体は違うものの、私が前にもらったような内容と重なって、あの日のことをいつもよりはっきりと、鮮明に、思い出してしまって。気が付いたら涙が頬を伝っていた。万人に受け入れられるような人間なんていない、でもやっぱり、なぜか悲しいのだ。私のことじゃないのに、似ていて。

「苗字?」
「え、っ」

名前を呼ばれ、ハッとしてドアの方を見ると忍足が驚いた顏をしてこっちを見ながら立っていた。

「…忍足…」

多分、私の顏は逆光のせいで見えていないと思う。忍足に気付かれる前に涙を拭う。

「こんな時間に何してるの?」
「や、自分こそこんな時間まで何しとんねん」
「私は掃除」
「掃除…?」
「今日当番なんだ」

忍足は怪訝そうな顏をしながら教室の中を見る。やっぱり雑巾がけしとくべきだったかな。

「苗字一人で?」
「まぁね」

忍足が、「え」と言葉になってない声を発した後に、白石が教室の中に入ってきた。

「謙也、お前の忘れモン部室のテーブルの上にあった、で…って苗字さん?」
「おお、白石」
「忍足、忘れ物あったって」
「ん、おう、らしいなー」

どうやら忍足は忘れ物を取りにきたようだ。まあこんな時間に教室戻ってくるって言ったらそれしかないよね。その忘れ物は先ほどまで彼がいたと思われる部室のテーブルの上にあったらしいけど。

「すまん白石! 俺コイツ手伝ってくから先帰っててくれ」
「は?」
「あっ、いいよ! 大丈夫、半分ももう終わったしまだ外明るいし」
「でも一人でやっとったら外暗くなんで」
「苗字さん、今日掃除当番なん?」
「うん」
「一人で?」

忍足と同じことを聞いてきた白石に、忍足の時と同じように肯定を示す。彼も忍足と同じで直後びっくりしたように目を見開いて私を見る。

「謙也と二人きりにしたら危なそうやし、俺も手伝うわ」
「おまっ! なんっちゅーこと言うねん! 危ないってどういうこっちゃ! 全ッ然、危なくないからな、苗字誤解せんといてな、ほんま頼むわ」
「夜道よりコイツのが危ないでースピードスターやからなーははー」
「スピードスターとか今 関係あらへんやろ! おいコラ聞け! 苗字も黙っとらんと何とか言ったってや!」
「この机運べばええんやろ。余裕やっちゅーねん」
「スルーかいっ! なんか言えや!」
「謙也、お前手伝わないんやったら先帰っててええで?」
「いやそれ俺がさっき言ったっちゅーねん!」

断るすきもないくらいちゃっちゃと話が進んで、白石と忍足は競うように次々と机を移動させて行く。余裕な態度で忍足をからかいながら机を運んで行く白石と、噛み付くように返事をしながらガタゴトと机を運ぶ忍足。今も白石が「ガタガタ音立てすぎやねんお前は、しかも列揃ってへんし。俺のこれ見てみぃ、完璧やろ」と忍足をおちょくっている。忍足がそれに必死に対応していた。二人の表情はどこか楽しそうで、こんな雑用のどこが楽しいんだろうと不思議だった。
一人で大丈夫だと言おうと口を開けば、すかさず白石が「そろそろ暗くなってきたから電気つけてくれへん?」と切り出す。それに、はいと答えてしまった私はとんだアホだ。

あっという間に机は全部前に運ばれてしまった。白石が箒をはくのを見て、私はなにボサッと立ってるんだと自分を叱咤する。箒ではいた後を忍足が雑巾がけしていく。まだはいていない所まで雑巾がけして白石に怒られていた。

3人で机を並べると、思ったより早く作業は進んであっという間に掃除を終わらせることが出来た。

「ありがと」
「えーってえーって。気にせんで」
「あれ苗字さん一人やったら大変やろ」

「じゃあ、俺ゴミ捨て行くから先行っててええで」
「ゴミ捨てくらい私が行くよ!」
「ええって気にせんといて。ほな行ってくるわ」

笑ってゴミ捨ても引き受けてくれた忍足に、どうしようどうしようとあたふたしていると白石が「ありがとうって笑うてやり」と耳打ちしてきた。白石の助言通りに「ありがとう」とあまりうまく出せない笑顔を忍足に向けたら、「顏引きつっとんで!」と忍足が私の倍以上の笑顔で言った。
笑顔がうまいな、と思う。私は笑うのが下手だ。