星とメランコリー | ナノ
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回帰線を越えて


財前と(君付けしてたら気持ち悪いと言われた)話してたらあっという間に昼休みに入った。40分も人と話すなんて私にしたらすごい方で、よく話題とかつきなかったなってびっくりした。あまり話さなそうな彼も、自分で「俺普段はめっちゃ話さんタイプなんやけど」と言っていた。お互いにお喋りは得意な方じゃないのに、よくここまで続いたなとお互いに吃驚してから少し笑った。“話さないタイプ”の財前が何で自分から私に話しかけたのか気になってきいてみた。

「保健室で何度か見てるし挨拶くらい交わしてみよ、思っててん」
「……………」
「この前、先生と話とったやろ」
「え、?」
「体調悪いんでベッド使わしてください、って普通のやり取りやってんけど…」
「う、うん」
「それが初めて先輩の声聞いた時なんやけど、めっちゃええ声しとるやんって」
「い、いや、いえ、えっとそんなことは…!」
「これやと俺、初対面の人 口説いてるような感じやん。ちゃうで、純粋に声がきれいや思ってもっと聞いてみたなっただけやからな」

そう言ってチャラ男やないからな、と釘をさされた。別に何も言ってないのに。

「声聞くなら話すしかないやん」

困ったように眉を下げて笑いながら私を見る財前に、困っててんぱる私。なんだか変な図だ。発音がきれいとか声がきれいとか、そんなこと初めて言われた。

「先輩の声聞かせてもらうために話しかけたって言っても怒らんといてな」

彼は諦めたような、そんな色を混ぜた笑いを私に見せる。力を抜いて、もうどうにでもなれと言っているようなかれの表情を前に私は何も言えないし、どう返していいのか分からない。だって、私なんかの声が、発音がきれいなんて言われたの初めてで、私の何かに対して”きれい”なんていう人は今までいなかった。褒められてるのにどうして私が怒れるっていうんだろう。

声や発音を、そんな風に考える人を初めてみた。そういう捉え方をする人がいるんだと初めて知った。


「先輩、昼どうするん?」
「お腹すいてないから、もうちょっと休んでるかな」
「顔色、さっきより良くなってきたな」
「え、あ、だいぶ気分よくなった」
「気分悪いのに俺のわがまま付き合うてくれておおきに」
「…こちらこそ! なんかありがとう」
「せや、さっきの、…」

さっきの、から先の言葉はカーテンが開けられる音にかき消されてしまった。

「…財前…?」
「あ、部長」

入ってきたのは、クラスメイトの白石だった。ていうか今財前部長って言った? 白石って新聞部の部長…あ、テニスの方か。財前ってテニス部やったんか。軽音か帰宅部だと思ってた。

「苗字さん?」
「あ、こんにちは」
「先輩この人ンこと知ってるんすか」

この人と指を指しながら聞く財前に、指さすな、と白石が注意する。

「一応クラスメイト」
「なんや一応って、ひどいなぁ」
「この人と同じクラスって…大変やな」
「どういう意味やねん」
「俺一応テニス部なんすわ」
「無視かい。一応とか言うてるけど、コイツ一応レギュラーやねん」
「部長も一応言うてるやないですか」

にこりと笑いながら白石が説明してくれる。財前ってレギュラーだったのか。運動しないインドアっぽい子だと思ってたのにレギュラーだったなんて…びっくりだ。

「ちゅーか部長何でここに居んねん」
「何やその言い草」

なんだコイツ、という目で財前を見る白石と、ツーンとした態度の財前が妙に可笑しくて小さく笑ってしまった。白石ってもっとクールな人だと思ってたけど、面白い人だなぁ。忍足といい財前といい、周りも面白い人で………いい人、ばっか…

「…、……」

ゾクリと背筋を下から上へ何かが駆け上がる感覚がする。それと同時に突然“恐怖”の二文字が浮かぶ。突然、こわくなった。何が? もちろん人間だ。先ほどまで喋っていた財前も、白石も、怖くなってくる。別に二人が悪いわけじゃない。二人はとてもいい人だ。そう思いたい。解っている。でも、いい人だからこそ怖い。彼らは本当に私と喋っているのだろうか、と考えてしまう。

「委員会の当番なんや」
「ま、どうでもええッスわ」
「自分から聞いといて何やねんそれ」
「昼行って来ますわ。苗字先輩、また」

ぺこ、と小さく頭を下げた財前は一辺倒に挨拶してから保健室を出て行く。その背に手を振りながら見送った。白石と二人きりになる。先生早く戻ってきてくれないかな。

「さっき、美術の時苗字さんおらんかったやろ」
「う、うん…ちょっと気分悪くて」
「もう大丈夫なん?」
「大丈夫だよ」
「そか、よかった。倒れたばっかやし、無理せんといてな」
「うん…、……ありがと」

“無理せんといてな”その言葉の裏には何か意味があるのか。ただの社交辞令で終わる言葉なのだろうか。
すぐに人を疑う自分が嫌なはずなのに、疑ってかからないと自分が傷つくことを知ってしまったからどうすることもできなくて、人からもらう言葉を素直に受け止められないことを嫌なはずなのに諦めて、そんな自分を受け入れていた。