星とメランコリー | ナノ
×

困惑に潤む


「…私君と何も約束してないよね」
「すんません、なんも関係あらへんのに」

ぺこりと頭を下げられたって困る。私にどうしろっていうんだ。

「ていうかいいの、彼女。一応心配して来てくれてたみたいだけど」
「あー…ただのサボりなんに付きまとわれて迷惑しとったトコや。ちゅーか心配なんしてへんかったやろ、アレ」

口元笑ろてたし、と付け加えた彼は、「先輩ようここ来はるんですか」と続けて聞いてきた。

「そんなに来てるわけじゃないけど」
「俺、この前ここに先輩来てるの見たで。直接話したことないし名前も知らんけど、何回かここで会うてますよね」

頭の中でピーンと糸が張ったような感覚がした。そうだ、名前も何も知らないし喋ったこともなかったけど、何度か保健室で顔を合わせたことがあったような気がする。確かにどこかで見たような顔だ。廊下ですれ違ったり、保健室で遭遇してたり、その場はまちまちだけど確かに私は彼の顔に見覚えがある。今の今まで気にも留めていなかったけど。

「あ、なんやスンマセン引きとめてもうて…」
「いや、別に…」
「こっちのベッド使います?」
「えっ?」
「いつもここ来たらこのベッド使てますやん」
「や、いいよ…人に見つかりにくいってだけだし、こっちで平気。ありがとうね…(何で知られてるんだ)」
「なら別にええけど…」

ふぁ、と彼が欠伸を漏らす。私もベッドに横になって、気分が落ち着くのを待つことにした。授業中の時よりも気分はずっと良くなっていた。
彼が何も言わないので、私達の会話はあれで終わりなんだと解釈して、目を閉じる。昨日の夜のようなビデオ再生はされなかった。昼は大体再生されないので少し安心できる。

10分くらい続いた沈黙の中に、再び彼の声が響く。ずいぶん近くから聞こえてきたのでちょっと変だなあと思い目を開けるとすぐそばに彼が立っていた。
吃驚して体を起こしそうになったのを、彼の手が静止した。しかもおでこにパチンと平手で。

「いつっ、な、なにっ」
「顔色悪いから熱があんのかと」
「ないからっ、ていうか何でそこに!?」
「寝てへんかったやろ。俺も眠くないし語ろ思て」
「……はい?」

ギシ、と音を立てて隣のベッドのスプリングが軋んだ。

何でただ気分が悪くなって休みにきたのに、男女のいざこざに巻き込まれ、女子には恨まれて、何でどうして私は初めて会った(顔を会わせたのは過去に何度かあるけど)男子と一緒にお喋りすることになってしまったんだ。
だいぶ気分はよくなってきたけど、出来れば人と話したくないのに。というか関わりを持ちたくない。人間が嫌いなわけじゃない、怖いだけだ。

「え、えと…語るとは?」
「普通に喋ることでええんちゃう」

ええんちゃうって…。喋ること自体苦手な私にどうしろっていうんだ。荷が重すぎる。

「先輩名前教えてくれん」
「…苗字 名前」
「財前光いいます。よろしゅう」
「よ、よろ…しく…」

これから彼とよろしくすることがないと密かに思った。

「先輩ってここの人ちゃいますよね。なまりも全然あらへんし」
「ちょっと前まで関東に居たから…、…親の、仕事の都合で…こっちに引っ越してきたの」
「ふーん。関東にも知り合いおるんやけど」
「え、うん…」
「標準語きれいッすね」
「え?」
「なんちゅーか、関東なんやしなまってへんのは普通や思うけど、発音とか同じ日本語なんにめっちゃきれいに聞こえる」
「そ、そんなこと、言われたの初めて…」
「普通あんま気付かんやろな。俺、耳ええねんで」
「(耳がいいとかそういう問題なの!?)」