×
長い沈黙が続いた後、みょうじが重い口を開いた。その目は今にも泣き出してしまいそうで、胸が締め付けられるようだった。加害者にしていた俺が今度は加害者になっていた。今からでも遅くはないんじゃないか、彼女が言おうとしていることを今ならまだ…それがもし叶わないのならば、俺が――― 俺の一瞬の葛藤も虚しく彼女はすうと深く息を吸い込み言葉を発した。俺に届くように、この隊舎に響き渡るように…… 「私、そこまで女の子の中でそんなに身長高くないのに、隊長が並ぶと大きく見えちゃうから嫌なんですっ!!!」 「んなぁっ?!」 「…ぶっ、! あっは、あっはははははは…はあ、あは・あははははっ!!」 ギギギ、と油が切れた機械のように首を扉の方へ向けると、涙目で顏を全壊にして腹を抱え笑う松本がいた。 つまり、なんだ…? 俺の隣がいやなのは、自分の身長が高く見えるからってこと、か…!? 「だから隊長泣いちゃうかもって言ったじゃないですかっ!」 「さっすがおなまえ!! そうよねぇそうよねぇ女の子ですもんね! あははははっさすがウチの看板娘! お腹痛いわ!」 「もう乱菊さんっ! いつからいたんですか!? ていうか笑いすぎ!」 「ドア開けたら変な体制な二人がいるじゃない、二人ともあたしが戻ってきたこと気づかないし…そしたらおなまえがすごいこと叫ぶじゃない。あー、お腹痛い…」 ずっと掴んでいたみょうじの腕を離す。みょうじは心配そうに眉を八の字に下げて俺の顔色を伺っている。 ああ、阿散井の隣がいいのは自分が“女の子”として意識されるからなのか。意識ってたかが身長じゃねえか。何をそんなにこだわってるんだか…まあ、俺にもそんな時代があったけど(いや今でも割と…いやそんなこと今はどうだっていいだろう。つーか関係ねーし!) 「た、隊長…? 私のこと、嫌いになりました?」 「……なってねえよ」 「怒ってます、よね?」 「…怒ってねぇ」 「ハンカチ、使いますか?」 「泣いてねぇ」 「眉間の皺がいつもよりすごいです」 「誰のせいだと思ってんだ」 「やっぱり怒ってる…!」 「お前、俺のこと嫌いになれば」 「へっ?! な、なななんでっていうか何で!?」 「俺がお前を上から見下せるようになってから好きになれ」 「そ、それ、どういう…いやもうこれ以上好きになれないくらい好きなんですが…今更嫌いになれと言われましても…や、というかかなり俺様キャラな気が…どんだけ自惚れ屋なんですか。そんなキャラじゃなかったでしょう、ていうかていうか、もう、なんていうか、えっ? ちょっと気になるパートがあったのでもう一回お願いできますか?」 「うるせえ黙れ。俺は寝る。お前らさっさとここから出てけ、邪魔だ」 胸の中のモヤモヤは解消したけど、新たなモヤモヤが生まれてしまった。なんだ、これ。 ちくしょう、わけわかんねえモンばっか生まれやがって。 「あの、隊長?」 長椅子に横になって目を閉じる。みょうじが心配そうに俺に声をかける。もういいよ、無理にきいて悪かったな。俺が悪いから責めたりしねえよ。 ぽっかり胸に穴があいた気分になったけど、それも自分のせいだ。今までの俺の葛藤や不愉快さは何だったんだ。……なんか疲れた。 「何だ。別にお前を責めるつもりはねぇぞ」 「このおはぎ、もらっていいですか…?」 「………勝手にしろ」 いつか、きっと。 …昼寝の時間増やそうかな… 「(さっきのアレってさりげなく告白だったんじゃ…?)」 「乱菊さんこのおはぎ半分食べます? 美味しいですよ」 「半分と言わず丸々一個指し出しなさいよ」 「え、いやです」 「アンタ隊長と2人で美味しく食べたんでしょ!」 「美味しすぎるのでもう一個食べたくなっちゃったんです! でも乱菊さんが一個も食べれないのはいくらなんでも可哀想だなあって思って半分あげようとしてるんじゃないですか! わがままですよっ」 「わがままはどっちよ! 幸せおすそ分けしなさいよっ! あーあーおアツイことおアツイこと!」 「何言ってるんですか、季節は冬です! 寒いですよ!」 「いいからそのおはぎ寄越しなさい!」 「はんぶんんんん!」 「うるせえっ!!」 「ごっ、ごめんなさいっ!」 「じゃ、これ頂いてくわよ。おなまえありがとっ」 「え、あああああっおはぎいいい!!私のおおお!」 「あ、書類持ってから出ろよ。サボらせるわけじゃねえからな」 「踏んだり蹴ったり!!」 「…どっちがだってーの」 目標はとりあえず10センチからってことで。 「十番隊っていつも騒がしいですねー」 「どっかのノイズメーカーのお陰でな」 「なんですか、それ?」 「さぁな」 |