ノイズメーカー | ナノ
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「あの、阿散井副隊長のことなんですが…」
「待て、まだ言うな。俺が先に言う」
「何をですか」
「お前と阿散井とのことは、部下と上司の俺とお前には関係ない」
「は、……はい…」
「ただ気になったから聞いた。みょうじが本当に言いたくないことなら言わなくていい」

彼女は一瞬目を見開き驚いたような表情を見せた後、コクンと小さく首を縦に振った。それを確認して掴んでいた手を解放した。みょうじは距離をとることもせず、隣に立っていた。今度はこっちが吃驚する。逃げないでいてくれることが、なんか嬉しかった。

「阿散井副隊長は、古くからの…私が死神になる前からの友人で、だから、幼馴染みたいな関係、で…お互い立場ってものもあるし、公私混同はやめようって、だから…あのですね、隊長が心配してるような仲ではないです安心してください!」
「誰も心配なんかしてねぇ。勘違いすんな」
「え、ちょ、ここはもっと甘い雰囲気になるところじゃ…」
「何言ってやがる。冗談はその頭の中だけにしとけよ」
「そこまで言うことないじゃないですかっ!」
「じゃあ、なんて言ってほしかったんだ?」
「え、そう改めて訊かれると何も思いつかない…んー、とりあえず甘い一言、ですかね」
「何の悪い冗談だよ、それ」
「そういう交わし方ばっかする!」

みょうじは湯呑みを盆の上に乗せて、口を尖らせながら近くに置いていたおはぎを小皿に取り分けていく。「朽木隊長でもこういう甘い物食べるんですねー」なんて言うみょうじの言葉は耳に入れるだけで返さないまま、そういやこんな近くでコイツの横顔見たのって初めてかもとふと思った。横顔のシルエットがきれいだった。意外だ。

みょうじと阿散井が、幼馴染…か。その言葉に何故か安堵する。だけどまだモヤモヤは消えない。モヤモヤの原因は一体何なんだ。阿散井とコイツの関係は判明した。じゃあ何で…その関係性を俺が気になったのか、俺が口出しするようなものじゃないのに無理強いするようにコイツに言わせたのか。その疑問が解けない限り、胸の奥に生まれたモヤモヤの霧は晴れることはないような気がする。渦巻く何か得たいの知れないものが自分の中にあるのは、不愉快というのか…自分を見失いそうで恐怖心すら生んだ。一言でこの感情を表すとしたら、“不気味”だと思った。

「朽木隊長がくれたんだから、このおはぎ絶対高いものですよ!ほっぺ落ちちゃうかもっ!」
「高いからうまいなんて保証ねーだろ」
「朽木隊長なら味にだってちゃーんと拘ります!」
「へーへー」

はしゃぎながら給湯室から盆と一緒に出て行くみょうじを見送りながら、「甘いのはおはぎだけで充分だっつの」と独りごちる。


椅子に座って、いっただきまーす!と声高らかに叫んだみょうじは左手に湯呑みを持ち、右手でおはぎをわし掴みにすると幸せそうに頬を緩めて掴んだおはぎをその大口に突っ込んだ。ちょ、おまっ…!

「一緒に食事したくねぇ女ブッちぎり一位なんじゃねえのお前?」
「しふれいな! 一緒にひょくひしたいナンバーワンですよ!」
「ああ、盛り上げ役」
「盛り上げ役がいないと人が多い宴会だって楽しくないでしょ?」
「まあ確かに」
「あ、でも確かに…隊長は宴会とかでも笑ってないですよね」
「あ?」

みょうじは二口目を口に入れながら俺の目を真っ直ぐに見る。口元にあんこがついているせいで真面目な顏をしているみょうじには悪いがイマイチ真剣さを感じられなかった。口に含んだ餡子が空を飛ぶかと思った。

「ほら、やっぱり私みたいなのがいないと」
「お前がいたからって俺の顏は変わらねぇだろ」
「いやいや、私とおやつ食べてる隊長って楽しそうですって」
「自意識かじょうじゃねえか?」
「専売特許っす!」
「あんま良くないだろ、それ」

まあまあ、となだめるように言ったみょうじは左手にある湯呑みに口をつけた。右手の指先にはあんこがべったりとくっついていた。コイツ豪快すぎるだろ…態度とか行動とか言動とかその他諸々。むしろ存在自体が豪快だな。


「みょうじ」
「はひ?」
「さっきの質問、まだ答えもらってねぇぞ」
「うぇ…あー…?」

真ん中に置かれた皿に乗っている最後の一つのおはぎ(3つもらってきたらしい。多分これ松本の分だろ)に手を付けようとしたみょうじの手首を掴む。少し手を動かされると餡子がこっちの手につきそうだ。
残念そうなみょうじの顏を覗き込む。

「お前、虚言癖でもあんのか?」
「きょげんへき…え、何でです?」
「俺のこと嫌ってんのに十番隊でよかったなんて、上等な口だな」


無性に気に入らない。気に喰わない。苛つく。その理由がわからないから更に胸の中が苦しく、真っ黒に染まっていく。

「…………」

困ったという表情で目を伏せたみょうじは何も言わないまま、左手に持っていた湯呑みを机の上に置いた。
何も言わないから更に意らつきは増して、思わず舌打が漏れてしまった。小さくみょうじの肩が跳ねる。

「…隊長…」
「なんだ」
「そのおはぎあげますから、手離してくれませんか」
「生憎、俺は甘いモンはそんな好きじゃねえんだ」
「…………」
「…………」
「…別に、隊長が嫌いなわけじゃないですよ? 何でそんなこと聞くんですか」
「ざけんな。これはお前と阿散井の問題じゃねえ。俺とお前の問題だ…だから、答えてもらう」
「十番隊でよかったのも、その隊長が日番谷隊長だったことも全部本当です」

真っ直ぐ俺を見るみょうじの目には嘘が見当たらない。言動が本当なら、俺を避ける理由はなんだ。俺を正面に置きたい理由は何だ…距離を取りたがるのは何故だ。何故…?

…俺は、コイツの隣に並びてぇのかよ…?