あなろぐがーる | ナノ
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「先に俺の部屋行ってて」
「あ、はい」
「2階の、つきあたりだから」
「うん。わ、わかった」

言われたとおりに、階段を上る。一段一段上るたびに脚がすくむ。男子の部屋なんて入ったことないよー! 丸井の部屋には誰も居ないってわかってるのに、ノックしてみる。もちろん中には誰もいないわけだから返事はない。一拍置いて部屋のドアを開ける。意外と片付いていた。びっくり。ベッドが起きたまま触ってないのか、乱れてたり、机の上に作りかけのプラモデル(弟さんに頼まれたやつかな)なんかが放置されてるくらいだった。男子の部屋ってもっと不潔で汚いってイメージがあったけど、案外そうでもないらしい。まあ人にもよるんだろうけど。丸井ってごちゃついたままのとか嫌いっぽいしなあ。種類ごとに分けたがるんだよなあ。ぼんやり丸井の癖を思い出す。本棚に並んだ漫画を見ててもその几帳面さがわかった。ガンガンの作品とジャンプ作品が多かった。
部屋は、リビングや階段よりも丸井の優しくて甘い香りで満ちている。私生活の多くの時間をここで過ごしてるんだから当たり前か。この部屋は、丸井でいっぱいだ。
ふと、気になって、好奇心から、ベッドの下に手を伸ばしてみる。雑誌のようなものが指先をかする。指先を伸ばして手繰り寄せると、2冊の雑誌が出てきた。

「エロ本や‥!」

ドキドキしながら手にとってみると、それはエロ本なんかじゃなくて

「数学の参考書‥と、ケーキのレシピ集、とか‥」

丸井らしいといえば丸井らしいんだけど。なんだろう、このやるせなさ。期待はずれだったなあ。見つけたら見つけたで気まずくなりそうだけどさ。ベッドの下にあるのもどうかと思う。紛らわしいな。数学の参考書っていうあたりが実に丸井らしい。しかも一ページもやってないし。嫌いな科目は手付かずですか。ケーキのレシピ集も丸井らしい、むしろまんま。

「なーに見てんだよぃ」

いつのまにか部屋に入ってきた丸井が手元の雑誌を覗きこむ。

「エロ本だったらベッドの下にはないぜ?」
「え、持ってんの」
「気になる?」
「ううん、別に」
「ちぇ、つまんねーの。乗れよな」
「どう乗ったらいいのさ」
「気になるって言えば『やーんエッチー』ってからかってやったのに」

思わず笑うと、つられて丸井も笑った。

「やっぱすぐには止みそうにねえな、これ」
丸井が窓の外を見ながら呟く。どしゃぶりの空を見ながら、丸井が一緒ならこのまま暫く止んでくれなくてもいいかな、なんて思ってみたり。私は、まだ、丸井と居たいんだけどな。丸井は、どう思ってるんだろう。私は楽しいんだけど、丸井は楽しんでるのかな、私と居て。私ばかり楽しんでたら、悪いというか残念だ。私に人を楽しませる要素がない、とか? 丸井は自然と人を楽しませちゃうもんな。すごいや。丸井は楽しいやつです。――― それは丸井自身だけでなく、丸井の家ともいえる。奴の家は色々あって飽きない。
2人でゲームしたり(マリオカートで丸井に勝つのは無理だと悟る。ピーチ姫つえええ!)、意外と読書家な丸井と好きな作品について語ってみたり。丸井と同じ空間で、時間を共有しているようで嬉しい。同じ時間を一緒に過ごしていることが楽しい。隣にいるのが丸井だからって理由もあるけれど。

あれから、結構たったと思うんだけど一向に雨は止まない。ひたすらゲームに没頭するのにも少々飽きた。ということで、なぜか私は今、丸井と二人でどういうわけかケーキ作りをしていた。あれ? 何で?

「何か食う?」「うん」
‥‥‥確かにそう言葉を交わした。で、冷蔵庫を漁っていた丸井がイチゴを発見して、今に至るというわけね。思い出した思い出した。「ケーキでも焼くか」と、目をキラッキラさせながら言うものだから、断れなかったんだっけ(断るつもりもなかったけど)。ちょうどスポンジが焼けた。ショートケーキ完成まであとはデコレーションだけだった。

甘いケーキと甘酸っぱい真っ赤なイチゴは、どこか丸井を思わせる。白いクリームの上にちょこんと乗せられる真っ赤なイチゴなんて、まるで丸井の頭でしょう。そう言って笑うと怒られた。

「頭緑じゃん!」
「そっちですか」


(私は、丸井を、意識してる)

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