あなろぐがーる | ナノ
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通学路の途中にある坂の下で丸井に背中を叩かれた。彼は挨拶のつもりだったのだろうが流石男というものである。痛かった。ていうか激しかった。「おっはよ!」という明るい声の挨拶からして彼に悪気はなかったんだな、と悲しくなりつつも思った。まあそこはいいとする。挨拶だし悪気なかったみたいだし。それよりも重要なのは背中を叩かれた拍子に眼鏡が落ちてしまった事だ。我ながら格好悪い。
なんの連鎖かそのまま1歩動いてしまったのだ。何かを踏んだ。嫌な予感がした。眼鏡を踏んだ。目で確認するよりも先に悟ってしまった。眼鏡がないと何も見えないのに…!いや見えるけど。恐る恐る足元を見ればぐにゃりと曲がったフレームと回りに散らばる破片…無残な姿に変わり果てたマイ眼鏡。流石にこれではかけられない。我ながら実に格好悪い。ショックで体が硬直する中、空気をよんだ丸井がそっと私の顔を覗きこんだ。
最近また視力が落ちて1m先からはぼやけて見えるくらいになってしまったというのに。眼鏡がないと不安で仕方ない。視界どころか聴覚まで悪くなってしまったようだ。丸井の声や、周りの雑音が遠く感じる。丸井が隣でごめんと謝るのが辛うじて聞こえた。まあ丸井を責めても仕方ない。実際にそれどころじゃない。非常にヤバイ。困った。この状況は怖い、色々と。家の中ならまだしもここは外だ。恐ろしい…!危険がいっぱい デンジャラスだ。
丸井の顔がハッキリ見える。それくらい近い位置にいるんだろう、丸井が。丸井の顔は青ざめていた。なんだかこっちが申し訳なってくるようなその顔に大丈夫と言い聞かせて、坂を上り始める。このままじゃ遅刻だ。1歩2歩、3歩目で早速こけた。慌てて丸井が駆け寄ってくる。

「大丈夫かよ!」
「う、うん、大丈夫」

膝が痛いのを笑って誤魔化して、また1歩2歩進む。3歩目でまたこけた。

「全然大丈夫じゃねーじゃん!見えねーんだろぃ?」
「平気だって。ちょっと慣れてないだけで」
「(慣れ?)…いや、ほんと…ごめんな?」

丸井が手を差し伸べてくれた。その手を取って立ち上がる。うまく力が入らない私を丸井が引っ張ってくれたんだけど。眼鏡のありがたさを痛感した。眼鏡偉大。偉大なる眼鏡様だよ。視力だけじゃなくて聴覚まで保ってくれるんだよ。眼鏡すげえ。
遅刻しそうなのを思い出して、慌てて歩き出そうとするが、それを丸井が許してくれなかった。手が強く握られる。ちょっと痛かった。歩こうとする私を咎めるように掴む手に力を入れられる。丸井の顔をハッキリ見ようと目を細めてみると怒ったような困ったような、なんとも表現しがたい顔をしている丸井がいた。目が合うと睨んでいると思われたのか丸井の肩がちょっとだけ跳ねた。…ショックだ。ちょっとよりも上で、かなりというよりも下辺りのショック度合いだった。ちょっと と かなり の中間辺りの微妙なショック。そんなにさっきの私の顔が怖かったのか手の力は緩み丸井の口からは言葉にならない声が、あーとかそのーとか漏れた。いやなんかすんません。あの、いつまで手を繋いでいればいいんでしょうか。

「行くぜ」
「…は?」
「今日1日、俺が、眼鏡のかわりになってやるっつってんの!」
「はああ?!」
「何それ何、それ何、不満なの」
「いやいや迷惑かけたくないし」
「けど、迷惑かけたの俺じゃん」
「気にしなくていいし!」
「目の前で盛大にコケられたら気になんじゃん!気にするじゃん!」
「そんなこと言って学校ついたら桑原くんにかわってもらうつもりでしょ!」
「はあ?んなことしねーし!」
「根拠は」
「アイツにこんな大役できるわけねーじゃん」
「丸井にならできるとでも」
「だーもーうるせえよ!いーから早く来いよ!」
「丸井が進まなきゃ行けないんだけど…」
「隣歩きゃいーだろ!」
「見えないんだもん!」
「お前は俺だけ見てろって」
「…………」

揺るんでいた手に再び力が込められる。いや、このタイミングでとか…。なんかさあ。ちょっとさあ。あれじゃない?

「今キュンときたっしょ」
「……うん」


Please