あなろぐがーる | ナノ
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部室からコートまで歩いて行く途中に、丸井の意中の女子を発見。同じクラスなので俺もそこそこ仲はいい方、だと思う。まあ丸井みたいに手を繋いだり(不可抗力)する仲ではないけど。昨日の丸井を思い出して、俺は迷わず声をかける。昨日の丸井を見てなくても普通に挨拶くらいしたけど。

「あ、仁王」
「よう、丸井ならまだ部室におるけど、呼んでくるか?」
「いや、いいの。見てるだけだから」

そう言った彼女は、少し遠くを見つめているようだった。丸井を拒絶しているんだろうか。それでも受け入れようとしている姿勢はどこか健気で儚げだ。

「だったらもっと近くに行ったらどうじゃ」
「だって、あの中に入る勇気ないし」

やだなあ、と冗談めかして笑うこいつの視線の先にはテニスコートの周りに群がる女子たち。今日もあの甲高い声の中でテニスをしなければならないと思うと嫌気がさす。集中力保つのあれで結構大変なんじゃ。そこらへんを考慮した応援ってものを俺は望んでいたりする。

「丸井と仲直りしたんか?」
「え、」
「昨日、丸井すごい落ち込んどったから何かあったのかと」
「丸井から、聞いたの?」

本当は、昨日呼び出され、挙句ゴミまで投げられて(これは関係ないが)全部知っていたわけだが、あえて知らないフリで通す。

「いや何も。だけどマダオ臭が漂ってたからな」
「はは、そうかな。今日ね、丸井が一緒に帰ろうって」
「だから部活見に来た?」
「うん、お願いしたら一緒に帰るって」

つくづく丸井はファミチキだと思う。昨日のファミチキは美味でした。いや丸井じゃ。あのテリヤキチキンめ、何をぐずぐずしてるのかと思ったら、まさか女の方から行動させてるとはの。

「(‥行動力のない男じゃな)」
正直、呆れた。まあ丸井の気持ちもわからなくもないけど。

「あ、幸村くんが呼んでるよ」
「あー。そうじゃ、あそこ、見える?」
「どこ?」
「あの角の前にある木のとこ」

仕方ない。ファミチキなあいつのために、この俺が手助けしてやるか。こいつの後ろに回りこんで、コートがよく見える木の下を指差す。俺が見つけたとっておきの場所だったりする。俺のお気に入りを教えてやるんだから感謝してもらいたい、もちろん丸井に。アイツは俺にファミチキをおごるべきだ。ちなみに10本。

「丸井がよう見えるけえ」と、そいつの耳元で囁く。ちょっとからかったつもりが、そいつは予想以上に反応してくれた。真っ赤になった顔を見て笑うと「うるさいなあ」と怒鳴られた。熱をさますように顔を仰いでやれば、「早く部活行って!」と怒られる。口元が緩んだ。それを見たこいつはさらに顔を赤くして(トマトじゃな)怒鳴る。それにつれ俺の口元もさらに歪んだ。

「まあ、頑張りんしゃい」
「何を?!」

むきになって反論した顔は未だに真っ赤で、ちょっと可愛かった。

幸村から練習メニューを聞く。丸井と真田が居る隣のコートで、俺と幸村は話していた。今をときめく丸井くんのことについて。

「ああ、彼女が例の?」
「そうそう」
「ちょっと前までよく丸井と手を繋いで歩いてた子だよね」
「そうそう」
「ふーん」

楽しそうに(それはもう)、そう呟いた幸村に、小さく溜息を吐いた。いたずらっ子のような顔を見せた部長を止められる者はいない。大人しそうな顔して、ずいぶんとやんちゃ思考なのが幸村だった。

「仁王さ、ちょっと協力してあげなよ」
「は?」

にこっと、笑顔でそう言われたら断ることが出来ない。断った場合俺の練習量は2倍にも3倍にもなるからだ。引き受ける以前に結構俺協力しとると思うんじゃけど。

「それを承諾する条件は?」
「んー、そうだな。俺と試合する?」
「いやそれ普通に練習メニューなり」
「え? 試合したい気分じゃない?」
「いや、俺そんなこと言ってない」
「しょうがないなぁ、仁王は。じゃあ特別に丸井と真田の試合でも観戦してるといいよ」
「それただ単にお前さんが動きたくないだけじゃろ」
「ん? そんなことないけど、ちょっと丸井の様子も見たいしさ」

いいでしょ、と同意を求めるように微笑んだ幸村を、俺は止める術を知らなかった。まあ参謀も幸村の提案には肯定的だし、誰に助けを求めたって答えは同じになるに決まっている。
幸村の意見に肯定の姿勢を取り、俺は丸井と真田の試合を楽しませてもらうことにする。実際丸井の恋の行方の方が俺としては楽しみなのだが。
丸井がどこまで彼女にいいとこ見せられるかお手並み拝見。真田はまったく気付いていないらしいので、丸井をよく見せようなんて考えは微塵もないはず。丸井くんピンチです。

「これでストレート負けとかしたらさ、多分幻滅するよね」
「ストレートは厳しいじゃろ」
「あ、じゃあ仁王次丸井とやってよ」
「何で俺」
「協力してあげるんでしょ? いいじゃない、いいとこ見せてあげなよ」

いいとこ見せるのは俺じゃなくて、丸井で。その“いいところ”を作るのが俺の仕事というわけか。幸村にもファミチキ買わせてやろうかの。

「5円チョコくらいだったらいいよ」

無理でした。

さすが、副部長というわけか、試合の結果は惜しくも丸井の負け。

「まあまあなんじゃないかな」

丸井にしては。そう、隣に居る幸村が楽しそうに呟く。確かに、丸井にしてはよく食らいついた方だと思う。いつもよりも調子はよさそうだ。やっぱあいつのおかげか。

「ねえ仁王」
「なんじゃ」
「彼女をマネージャーにしたら、丸井強くなるかな」
「さあな」

もし彼女がマネージャーになったら、逆に彼女にべったりで部活に身が入らなくなるんじゃないだろうか、そんな事を思いつつ、肩で息をしてる丸井の方へと向かう。

「おー、丸井」
「次、仁王?」
「お手柔らかに頼むぜよ」
「なーにがお手柔らかに、だっつの」
「そういえば、アイツ、来とるの」
「あ、ああ。それが何?」
「あれ、ブンちゃん不機嫌?」
「どこが不機嫌だし。つーかブンちゃんって言うな、仁王が言うとキモイ。真田並にキモイ」
「(真田…)いいとこ、見せられなくて悔しいんか?」
「は?」
「真田に負けて、かっこ悪いとか?」

からかうように、それでもちょっと見下したように言ってやれば、案の定丸井は俺を睨んできた。

「ば、ちげえっ!」
そんなんじゃねえよ、と丸井が続けた。むきになった丸井を軽く交わす。丸井は俺を睨んだ後、あいつの方を睨んだ。こらこら女の子を睨むな。「うっせえ!」と騒ぐ丸井を残して、さっさとサーブの位置まで下がる。まだ何か言いたげだったけど、ひとつ溜息を残して丸井も位置につく。ちらりと、見た彼女の顔は今にも泣きだしてしまいそうだった。つうか、泣く寸前?
審判の声が、丸井の勝利をコールする。

ネットまで来た丸井に手招きされるまま、近づくと、「お前さ、手抜いた?」と訊いてきた。まあ、ちょっとだけ。そのことは言わずに、丸井の耳元で、「ガキ」とだけ言ってやった。そうして、露骨に不機嫌そうな顔をした丸井が、何も言わずに彼女をまた、睨む。俺も彼女の方に視線をやれば、小さく肩を揺らしたのが見えた。あ、やっぱ泣くんじゃね?

「おお、そうじゃ丸井」
「んだよ」
「そう怖い顔しなさんなって、」
「してねえ」
「アイツと、今日一緒に帰るんじゃろ?」
「‥だから? つかなんで知ってんだよ」
「だから、アイツが今日も部活見に来てる」
「仁王さ、何が言いたいわけ」
「いやあ、彼女の方から切り出させるなんて、」

ふ、っとひとつ笑って見せる。眉間の皺がさらに濃くなって、丸井の機嫌はさらに悪くなった。丸井が俺の言葉を待ってる。まるで、背中を押してくれる一言を欲しがるように。とんだ甘ったれじゃ。まあ、今回は特別に、(俺って優しいし)お膳立てくらいしてやるとする。見ててイライラするんじゃ。中途半端に恋人ごっこをしているこいつらを見てると。くっつくならくっつくで、なんとかしてほしい。今のこの二人の関係は、微妙すぎて、危うすぎる。

「行動力のない男やの。情けないとは思わん?」

あざ笑うように言ってやれば、丸井お得意の「うるせえ!」、がパンチつきで返ってきた。拳を軽く手のひらで受け止める。笑みはまだ消えない。

「ほんまに、ガキやのう」

ここまで言えば、さすがの丸井でも俺の言いたいことがわかったのか、再び彼女の方へと視線を向ける。丸井は、やはり睨んでいた。それマイナス点じゃな。きっと柳か幸村あたりがポイントつけてるだろう。(「今のは減点だね」「ああ、30点マイナスだ」‥‥‥目に浮かぶ)

「俺、ちょっとアイツんとこ行ってくる」
「おーおー。告白でもなんでもすればよか」
「うっせ!」

持っていたドリンクとタオルを俺に押し付けて、丸井は大またでアイツのとこまで歩いてく。
それからの奴の行動はすばやかった。眼鏡を勝手に外したかと思うと、キスはするわ、抱きしめるわで、場所を考えろって感じだ。なんかまだ離してないし。いつまで抱き合ってるつもりなんかのう。暑苦しくてかなわん。

「わー、丸井も大胆だねえ」

いつの間にかやってきた幸村がのんきに呟く。

「誰もキスまでしろとは言ってないぜよ」
「しかもあれさあ、告白する前にキスしてるじゃん」
「双方吃驚してる‥‥丸井が吃驚しちょるんは減点やの」
「マイナス20点だ。合計してマイナス50だな」
「ファンの子見てるんじゃない?」
「丸井も考えなしやのー」
「ほんとね、あの子しか見えてないよ」

「うっわ! 丸井先輩もやりますねえ!」
「あれ、赤也たちもう試合終わったの?」
「あ、はい。丸井先輩たちが気になってマッハで終わらして来たッス!」

「はあ、後先考えんとこは、まだまだファミチキじゃな」
「ガキだし、ね」
「聞いとったんか」
「ふふ、ちょっとね」
「油断も隙もないのぉ、おーこわ」
「上出来だよ仁王、約束どおりファミチキおごってあげる」
「マジすか」
「もちろん、ジャッカルが」
「‥‥って、俺かよ!」
「あれ、ジャッカル先輩いたんすか」
「いたんすか、じゃねえだろ!試合すっぽかして何してんだ!」
「あれ、終わったんじゃなかったの?」
「終わらせましたよ? 1セット」
「3セットマッチだろーが!」
「いーじゃないすか。丸井先輩の晴れ舞台っすよ!」
「そうじゃジャッカル。相棒としてここは祝ってやらんと」
「は? 何言っ……って、アイツら何やってんだ!?」
「愛の抱擁」
「あ、丸井先輩…またキスしてる」
「見せつけてくれるね、丸井も」
「あ! 真田副部長が!」
「ふふ、ざまあ見ろ、ってやつじゃない?」
「真田も初々しいのー」
「キスごときで赤くなっちゃってー」
「そういうお前も真っ赤だぞ、赤也」


(まあ、悪い気はしないけど)
Dreamy