あなろぐがーる | ナノ
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昨日誘った友人も、今日は部活で一緒にこれなくて、どうしようかな、と悩んだ先一人で部活を見に行くことにした。昨日よか大分心細い。昨日と同じ場所でテニスコートを見ていたら、どこからか仁王が現れる。ユニフォームに身を包んだ仁王は、普段の制服姿よりもやっぱりかっこよかった。なんだ私、ユニフォームフェチだったのか。

「あれ」
「あ、仁王」
「よう、丸井ならまだ部室におるけど、呼んでくるか?」
「いや、いいの。見てるだけだから」
「だったらもっと近くに行ったらどうじゃ」
「だって、あの中に入る勇気ないし」

苦笑いを見せながら、テニスコートのフェンスの外に待機してる女の子たちを見る。仁王はそれを理解したようで、露骨にいやそうな顔をした。

「サーブことにキャーキャー言われるとちょいと萎えるの」

溜息を吐きながら仁王が言う。「応援してくれるのは嬉しいが」と付け加えて。なんて返したらいいかわからなくて、笑って誤魔化す。

「丸井と仲直りしたんか?」
「え、」
「昨日、丸井すごい落ち込んどったから何かあったのかと」
「丸井から、聞いたの?」
「いや何も。だけどマダオ臭が漂ってたからな」
「はは、そうかな。今日ね、丸井が一緒に帰ろうって」
「だから部活見に来た?」
「うん、お願いしたら一緒に帰るって」
「(‥行動力のない男じゃな)」
「あ、幸村くんが呼んでるよ」
「あー。そうじゃ、あそこ、見える?」
「どこ?」
「あの角の前にある木のとこ」

私の後ろに回りこんで、私にわかるように指をさした先に、大きな木が見える。

「うん、見える見える」
「あそこで、部活見てけばよか」
「え?」
「俺からのおすすめー」

丸井がよう見えるけえ、と耳打ちされる。瞬時にかあっと顔に熱が集まった。それを見て喉で仁王が笑う。手で私の顔を仰ぎながら 「あっついあっつい」、と茶化してくる。

「まあ、頑張りんしゃい」
「何を?!」

はは、と笑いながらテニスコートに向かう仁王を見送って(誤魔化されたー!)、私も仁王がおすすめと言って教えてくれた木の元まで行ってみる。コートからそれほど離れてないのに、そこには私だけで、女の子たちとは間逆にいる感じになる。なんでみんなあっち側なのか不思議に思うくらい、キレイにコートを見渡せる。仁王ナイス。後でお礼言わなくちゃ。特等席ゲット!

幸村くんが練習内容を学年、レギュラー別に指示していく。丸井が、こっちに歩いてくる。私がいる場所は、右側(一番端)を見れるところにあるから、丸井が正面に見える。ラッキー! 丸井と真田くんの試合を間近で見れる。丸井がちらっとこちらに視線を寄越した時に、軽く手を振ってみる。手を振り返すことはしなかったけど、テニスボールを私の方に突きつけながらふっと笑った。なーにかっこつけてんのさ。自信に満ちた顔でサーブを打つ丸井に、かっこいいと思うのと、かっこつけやがってという気持ちが混ざる。笑えてきた。軽々と真田くんがそれを打ち返す。真田くん迫力すごっ! こわっ! 強烈な返しを食らいつつ、それを難なく返す。あ、何気に丸井ってすごかったんだなあ(そりゃ一応レギュラーだしねぇ‥)
長いラリーの後、それは丸井に点を捧げた。小さくガッツポーズ。丸井が、じゃなくて私が。 試合の結果は、6-4で、副部長の真田くんの見事勝利。

その後は、同じコートで仁王と丸井の試合。二人がネットを挟んで話している。仁王が楽しそうに、笑う。あれはきっとからかってるな。

「ば、ちげえっ!」
むきになったなった丸井が仁王に食ってかかる。それをひらりと交わしながら、仁王は笑っている。丸井の反応を楽しんでいるみたいに。丸井が、キッと私を睨んだ。は? なに? 露骨に顔を歪めて、わからないと丸井に示すと、奴は何を返すでもなくそのまま仁王に向き合った。それから、一言二言 言葉を交わして、仁王がサーブを打つ位置まで下がる。丸井は、また私を一睨みして、そしてまた仁王を一瞥した。あ、もしかして、機嫌悪い? 真田くんに負けたから? いや、私がここにいるから? だから睨むの? 私、嫌われちゃったのかな。どんどん不安になってくる。丸井がテニスしてる姿を見れて嬉しいはずなのに、かっこいい丸井を見れて嬉しいはずなのに、苦しい。
早く、試合、終わればいいのに。私の視界が滲んで、丸井が歪む前に終わってくれたらいいのに。丸井のせいで苦しくなるの、もう嫌だよ。
コートに、審判の声が響く。7-6‥‥ウォンバイ丸井。

仁王が笑いながら、丸井に話しかける。丸井は仏頂面を作りながら仁王の呼びかけにこたえる。仁王が丸井に何かを耳打ちする。丸井はそれに対し、思い切り不機嫌オーラを放出させて、顔を崩した。

「うるせえ!」
丸井のパンチが、ぽすりと仁王の手のひらに収まる。いきなり叫んだ丸井に、私も回りにいた部員も釘付けになる。喧嘩とか険悪な雰囲気はなくて、いつも通りの二人だと部員たちは各自の練習に戻っていく中、私の目線は未だに丸井に縫い付けられている。潤んだ世界が、渇きを取り戻す。何が起こってるんだあの二人に。ほんと仲いいなあいつら。丸井が、また、私を睨む。何で何で、私が睨まれなきゃいけないの?! さっきから丸井は睨んでばっかり。仁王に勝ったのに嬉しくないの(同じチームメイトだからそれほどでもないって感じ? 負けず嫌いの丸井に限ってそれはないでしょう)
ずっと睨まれたまま、丸井は私から目を離さない。わからない。丸井が、わからない。昨日から、おかしいよ。丸井、変。わかんないよ丸井が何考えてるのか。ちゃんと言葉にしてくれないとわかんないよ。不安になる。丸井が無表情になるのも、睨むのも、怖い。いやだ。丸井にそんな顔させたくない。いつもみたいに笑って、バカ言い合って笑いたいの。苦しくなんてなかった時に戻りたい。丸井を好きでいることがだめならだめでいいから、忘れるから、そんな風に遠ざけないでよ。丸井が、私を見据える。私だって、負けないくらい丸井を見つめる。

目の前に来た丸井は、睨みながら、口を開く。

「眼鏡 邪魔」
「は、」

眉間に皺を寄せながら、言って勝手に眼鏡を奪ってしまった。なんなの。ずっと睨んでると思ったらいつのまにか目の前に来てて、眼鏡が邪魔って。しかも勝手に取っちゃうし。私まだ何も言えてないし、丸井も何も言わないし。

「お前さあ、」
「なに」
「目、腫れてんのにまだ泣く気?」

呆れたように、丸井が吐き捨てる。私の目が腫れてる理由も、今泣きそうな理由も全部丸井のせいなのに、そんなこともわかってないの丸井は。嘘だ、ほんとはコイツ全部わかってる。私が昨日泣いたのも、自分のせいで私が泣きそうなのもわかってて意地悪してる。

「眼鏡返して」
「邪魔だろ」
「邪魔じゃない、見えない」
「じゃあ、見えなくていい」

そう言いながら、丸井の指が目の下を滑って涙を拭う。何を言ってるんだろう、丸井は。見えなくていい、なんていいわけないじゃん。やっと感じた丸井の温もりは、また心臓を締め付けたように痛み出す。苦しい。だって、丸井が、あんあまり真剣な目をして言うもんだから、昨日とは比べ物にならないくらい感情に火をつける。ドキドキ、する。
眼鏡を持っていない方の手が、後頭部に回される。それから、一瞬の内に丸井の顔が近づいて、唇に温かいものが触れた。丸井の長い睫が、頬にあたりそう。見開いた目が、丸井の整った顔とか、長い睫をはっきり映す。それだけ近くに丸井がいるってことだ。距離は、0になってる。眼鏡がなくても、クリアに丸井が見える。ゆっくりと離された温度が、まだ、残ってる。離れたはずなのに、熱い。キスできそうなくらい近くに丸井の顔がある。
丸井のやつ、今、何した?! ていうか、ていうか、いっ、今、き、キスした、よな、こいつ! 私に! これ 夢?

「俺のこと、見える?」
「見え、るよ、」

声が、小さくなる。丸井が喋るたびに、息が唇に当たって、くすぐったい。丸井の腕が、背中に回って、抱きしめられる。運動した後だからなのか知らないけど、丸井の心臓から鼓動のリズムが、布越しに耳に響く。強くて、速い。まるで自分の心臓の音を聞いてるみたいだった。

「俺も、お前が見える」
「う、うん」

ドクン、ドクン。脈打つ心臓が、丸井の音なのか、自分の音なのかわからない。

「昨日、ごめんな」
「‥‥え‥」
「俺、お前のこと好きなんだけど」
「う、ん、‥‥え?」
「告白とか苦手で、あんな言い方しか出来なかった」

丸井、小さく呼びかけてみる。遮るように、後頭部にあたる丸井の手に力が入って、さらに押し付けられた。耳が丸井の胸板に密着する。異常な熱に侵されるように、丸井の体温と私の体温が混ざり合う。どんどん、熱くなっていく。溶けちゃいそうだ。どうして、丸井がドキドキしてるんだろう?

「泣かせて、ごめん」
「う、うん」

ねえ、丸井、私のこと、好きって言った? 嫌いじゃないの? 私を好きって、本当?

「まる、い」
「好きだ」
「ま、」

離してくれないと、返事、出来ないよ。私も好きって、ちゃんと丸井の目を見て言いたいのにな。ぐちゃぐちゃになった顔で、精一杯の笑顔を作るの。今は言えそうにないから、背中に腕を回すだけにしておきます。瞼の腫れが引いたらコンタクトしてみようかな、なんて企んでみる。でもそろそろ眼鏡返してほしい。


(1歩下がって3歩前進)

Enamor