あなろぐがーる | ナノ
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「ちょっと今いいか」

そう丸井から電話があったのは、部活が終わって赤也とジャッカルと柳生とで牛丼を食いに行った帰りだった。腹ごなしもすんだことだし、帰って風呂入ってあとはゆっくりするだけ、そう計画していたのに、丸井からの電話にそれは叶わないと悟る。牛丼食った後で若干気分のよかった俺は、冒頭の丸井の言葉と沈んだ声に 「どうかしたんか」、と軽い気持ちで相談に乗っていた。詳しいことは会って話したいとか切り出した丸井に、お前が来いと思いつつ承諾する。俺ってすんげえ優しくて友達思いの奴だと自画自賛。自分のお人よしさに感動。
その数十分後に待ち合わせた公園で、俺を呼び出した丸井がコーラ片手にベンチで佇んでいた。一瞬、リストラされたどっかの親父かと思ったくらいに、その背後には黒々とした負のオーラが漂っていた。近寄ることを躊躇っていた俺に気付いた丸井が、引きつった笑顔を向けながら、ようと声をかけてきた。引きつった笑顔を浮かべたいのはこっちだ。マダオじゃ、マダオがおる。まるでダメに成り下がった男が、そこに存在していた。ベンチに座った俺に対して、開口一番に 「振られた」、この台詞。一瞬頭の中が真っ白になった。‥‥はい? いきなり飛び出したヘビーな話題に、相談に乗ると言ったことを後悔するはめになった。振られたって一言だけで全部伝わると思ってるんかのぉ、この赤毛は。まあ大体把握したけど。俺ジーニアス。天才的じゃなくて俺は天才なんですね、今度丸井に言ってやろう。

「振られた、ってアイツにか」

アイツというのは、先週、丸井の不注意から眼鏡を壊し、それに責任を感じた丸井が、その眼鏡の代わりにパシリになるという、まあ丸井に尽くされた女のこと。あれ言い方悪いな。言葉を変えると、眼鏡を丸井に壊された不運な女ってことだ。俺からしてみれば、丸井の不注意なんかじゃなく、丸井がわざとそういう場面を作ったとしか考えられない。半分冗談のつもりだったのだが、丸井にそのことを言うとものすごい形相で否定してきた。だけど、その時の顔はどこか嬉しそうだった。まあ、丸井からしてみれば役得というか、願ったり叶ったりなんだろう。なんたって、好きだった女子との急接近のチャンスなわけだから。いいきっかけにはなったと思う。女の方には同情さえするけど、まあそれも後にお互い様ということになってくる。それは確実に効果を発揮し、俺の目から見ると、そいつも丸井に好意を抱いた‥‥。はずなのに、振られた。丸井は、確かに彼女に振られたと言った。あ、いや、別に彼女とまでは言ってなかったな。もしかして別の女か? いや、丸井が好きだったのは確かにアイツだったはず。毎日うざいくらいに、何話した、どっか行った、なんて細々と報告してきてたくらいだ間違いない。
そんな俺の考えを打ち消すように「そう、アイツ」、一際泣きそうな声で告げた丸井。この子マジで泣きそうなんじゃけどー。慰めんの俺とかいやじゃー。半分冗談だけど、あまり関わりたくないなあと思うのも確か。ぎょっとした顔で丸井を見た俺に、奴は「お前でも吃驚するんだな」と力なく笑った。失礼な奴だ。
確か、今日はそいつと二人でケーキバイキングに行くとかなんとか嬉しそうにしとったはずなんじゃけど。どこで間違えてきたお前。

「まあこれ飲めよ」
そう言って差し出されたコーラは、先ほど丸井が飲み終えたものだった。殺すぞこのトマト頭。一応それを受け取って、ベンチの端に置く。そしてあらかじめ近くのコンビニで買ってきたウィダーを取り出す。

「俺の分とかねーの」
「お前はなんのために俺を呼んだんじゃ」
「‥‥‥‥」
「まあまあ話しなさいよ」
「誰だよお前。‥‥‥ケーキバイキング行ったんだよ、アイツと」
「言っとったな、すんごい妄想繰り広げてたな」
「(妄想‥‥)アイツ、俺たち恋人みたいって言ってた」

お前だって散々言っとったじゃろうが。やべえ俺らなんかカレカノっぽくね? とか騒いでたバカは誰じゃ。お前だ、丸井。ズズ、わざと音を立ててウィダーをすすると、横目で丸井に睨まれた。はいはいちゃんと聞いてる聞いてる。意思表示のつもりで、短く相槌を打つ。

「で、じゃあ付き合うって言ったら、泣かれた」
「‥‥‥っ」

むせ返るかと思った。なんとか飲み込んで、落ち着かせる。コイツ今なんてった? それで付き合うか? 虫が良すぎじゃろ。その流れに乗って、うまく行くはずもない。詳細を聞かないことには、なんとも言えないが。真面目に言って振られたのとでは、色々変わってくる。アホじゃ、まるでダメなアホがおる。

「何かしたんか」
「だから、付き合うかって言ったんだよ」
「そうじゃなか、――どんな風に?」
「どんなって、普通に」
「普通‥‥‥」
「俺って告白とか苦手だしよ、そういう雰囲気もなんか恥ずかしいじゃん」

告白されるのには慣れてるのに、自分が告白するのは苦手って、どこのチキンだ。丸井チキンめ。こいつのあだ名は今日からヘタレチキンじゃ。ヘタレチキンめ。なんか響きがテリヤキチキンみたいだな。ふん、食いしん坊のこのアホにはお似合いじゃ。あ、ファミチキ食いたくなってきた。さっき一緒に買ってくればよかったな。つーかこいつやっぱアホじゃろ。恥ずかしいって餓鬼じゃあるまいし。真田か!
このトマトは気付いてないだろうが、アイツだってこのトマトに惚れとるし(俺の方が何倍もかっこいいのにな)、アイツって恋愛とかに免疫なさそうだし、そういう手の話題を軽々しく口にした丸井に絶望しないわけがない。むしろ丸井が遊んでる系の男だと思ったかもしれない。慣れてる、ように取れたかもしれない。丸井にはそうするしかなかったとしても、アイツからしたらそんなんは嫌なんじゃないか、と思う。俺はアイツじゃないし、よくわからんけど。仮にそんなノリで付き合えたとして、双方満足するのかも怪しい。絶対食い違いが生じるだろう。違和感に気付いた時、溝は深まるばかり。いやもうすでに溝が生まれてるんだっけか。

「本命に、そんな告り方してええんか」
「‥‥‥‥」
「本命泣かせて、お前は何がしたいんじゃ」
「‥‥‥‥」
「‥‥凡人以下じゃな」

はあ、と重く(皮肉交じりに)溜息を吐く。丸井が小さく、「るせっ」と毒づいた。反論も出来ないってか、とんだファミチキじゃな。マジでファミチキ食いたくなってきた。相談料として丸井に買いに行かせるか。

「何でアイツ、泣いたと思う」
「知らねーよ。アイツじゃねえんだから」
「ま、いいけど」
「なんだよそれ」
「なあ、ファミチキ食いたい」
「勝手に食えばいいだろい」

丸井が、何か考え込むように黙ってしまった。俺の言葉を真に受け止めることだな、くさい台詞を心の中で呟いてみる。ちゃんと考えるにこしたことはない。自分で答えを出すのが今の丸井の仕事だ。それからは、溝の修復でもなんでも勝手にやってればいい。
ファミチキ買って来いと命令すれば自分で行けと返される。仕方ないので、自分で買いに行くとする。

「ファミチキが俺を呼んどる」
ベンチから立ち上がった俺に、丸井が俯きながら言う。

「多分呼んでねーと思うけど。あ、来てくれてありがとな」

生意気! 俯いてたせいで丸井の顔は見えなかったけど、きっと何かを決めたのだろう。さっきの黒々としたマダオ(まったくダメなオーラ)は薄くなっていた。俺は小さく笑って、黙って自分との葛藤を繰り広げてる丸井を残しその場を後にする。

「おい仁王!」
「別に礼にはおよばん、」
「これ捨てるの忘れんなよな!」

空になったコーラのペットボトルを投げられる。反射的に手を伸ばしてそれを受け取ってしまう。丸井の頭に思い切り叩き付けてやりたくなった。お前なんか2度振られろ。寧ろ告白して一生玉砕してろ。なんていうのは冗談で、いや半分本気。丸井から投げられた空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、明日が楽しみだと口元を緩ませた。


(変化球は打ち返せない)

Regain