あなろぐがーる | ナノ
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昨日の今日、やっぱり丸井は迎えに来なかった。あんな別れ方をした後だし、気まずいのもあるだろう。お互いに。

「やっぱ目、腫れてるよ‥‥」

何か悔しくて、悲しくて、それからなんだかよくわからない感情まで生まれて、昨日はずっと涙が止まらなかった。それから丸井への悪態も止まなかったな。あれから、丸井からの連絡は一切ない。メールも電話も、何一つ連絡なしときた。そのことがまた悲しくて、やっぱり自分はどこかで丸井を期待してると思うと悔しくて、また涙が出た。泣きつかれて眠るまでずっと同じ考え(丸井のこと)がループしていた。途中で何で泣いてるのかわからなくなったけど、それでも涙は止まってくれないから、すごくおかしな気分になった。今思い出すとほんとバカっぽくて笑える。ほんとに笑い話に出来るのはもうちょっと先のことになるんだろうな。
今朝自分の顔を見た時は、思わずショック死するところだった。ゾンビ状態。まさにひどい顔。まぶたがうっすら腫れている様は、アメリカのアニメキャラクターを思い出させた(シンプソンとかファミリーガイとか)。目も充血してて、これじゃあまるで、開放状態のわかめ頭の後輩みたいだ。身内気分になる。


学校に着くと、珍しく朝から読書にふける丸井が真っ先に目についた。無意識の内に丸井を探してるのが、面白くない。あいつは私に気付いてないのに、私はあいつを探して、見つけてる。一方的過ぎてなんだかむなしい。
丸井はこちらに一目もくれず、黙々と本を読んでいる。丸井が私に壁を作ってるみたい。私が入れないように、自分の世界に閉じこもって何かに没頭してる。それって、私への拒絶? 面白くない。別に面白さを求めていたわけじゃないけど、こうも一方的に私が悪いみたいな雰囲気を作られるのは困る。私が全部悪いみたいな気分になってくる。私が何かしたわけでもないのに勝手に罪悪感が生まれてくるから、丸井みたいに素直でストレートなやつはいやなんだ。
友達に挨拶されて、言葉を返したときに、ようやく私の存在に気付いたらしく、丸井の方から視線を感じた。丸井が、私を見てる。ぎゅうと心臓を鷲づかみにされたように痛くなった。痛い。心臓が呼吸するように鼓動するたびにその痛みが増していく。
あ、そういえば昨日、私の分お金払ってないじゃん。今頃気付くなって話なんだけど、丸井を見てようやく思い出した。それと同時に、話のきっかけを見つけた。いつもみたいに、ただ挨拶して雑談、なんて出来ないから。何か話しのきっかけがないと挨拶も出来ない。私はとても臆病で、卑怯者だ。

「丸井」
「‥‥よっ」
「おはよう」

静かに本を閉じた丸井がゆっくり息を吸う。私の方を見る気配はない。表情こそいつもの丸井なのに、周りを取り巻く空気が痛いくらいに冷たく感じる。前より距離が開いてしまった証拠かもしれない。前の、学校での友達よりも数歩前の位置に立たされたみたい。
あの時、私の方から、冗談めかしてあの話を終わらせればこんなことにならなかったのかな。無理やりにでも打ち切らせてればこんな思いしなかったかな。無理にこじれさせたのは私だ。たとえ私の方に違和感が残ってしまったとしても、それで丸井をこんな風に遠ざけることにはならなかったはずなのに。

「あの、さ‥‥昨日、勝手に帰ったりしてごめんね」
「別に」

やっぱり気まずい。丸井の声が、痛いくらい。突き刺さる。
お金を丸井に渡して、次の話題を必死に探す。前だったら、探さなくても勝手に出てきたのに。自然に話せていたのに。今の私たちはまるで初対面のようによそよそしい。丸井は昨日のことには一切触れずに「用はそれだけ?」 とほんの表紙に目を落としたまま言った。昨日のことをなかったことにしたいのは私も同じで、私だってできるならそうしたいし、忘れられるなら忘れたい。どちらもあの話を掘り返さないのはそういう表れでしょう?
なのになんで、こんなに遠くに丸井を感じるんだろう。どうしてこんなに虚しいのかな。どうにかして、この空白感を埋めたくて、話題を探す。もう少しだけ、もうひとつだけ何か話しておきたい。それがどんな話だって構わないから、埋められるなら、埋めたい。

「今日も、部活見に行っていい?」

一拍置いてから丸井が口を開く。
「今日、一緒に帰るか」

言って、小さく笑った。その前に、吃驚したって顔に書いたような表情を見せたのを私は見逃さなかった。それだけでなんか嬉しくて、進歩したみたいで泣きたくなった。


Chilly