あなろぐがーる | ナノ
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「ちょ、丸井取りすぎ!」
「全種制覇だろやっぱ」
「(よく太らないな‥‥)」

お皿にぎゅうぎゅうと押し詰めたように乗せられたケーキたちを見て、食べる前から胸焼け。どんだけ食べる気なんだ?! お店の人も苦笑いで丸井を見ている。や、ちょっと、もー、恥ずかしいなあ! お皿2つ(乗ってるケーキは3個)の私に比べて、丸井のやつは遠慮知らずにテーブルの半分以上を陣取っている。

「丸井と仁王ってさあ、なにげに仲いいよね」
「まあ普通にいいと思うけど」
「よく丸井の相手してられるよねー」
「はあ?」
「仁王って甘いの苦手そうじゃん」
「知ってっか? あいつチョコはビターばっか食ってんだぜ」

信じられないというように顔を歪めて、口元についたチョコを拭いながら「チョコはやっぱミルクだろぃ」と力説する丸井には溜息しか出てこない。

「こんな甘い匂いぷんぷんさせてるやつをよく隣に置けますよねえ」
「うるせえよ」
「仁王もかわいそうに‥‥」
「‥‥‥‥」

モンブランの上にちょこんと乗ってる栗を口に運ぶ。丸井が恨めしそうに私を見てるけど気にしない。すっごい不服そうな顔してる理由がわからない。丸井の大好物がところ狭しと並んでるのにね。

「なに、」
「ん?」
「意地悪してんの?」
「は?」

思いがけない丸井の言葉に間抜けな声をあげる。意地悪? 私が? どうして?
意地悪なんてしてないし、しようとも思ってない。‥‥‥たぶん。心当たりがないと言ったら嘘になる。あれ、やっぱり意地悪してた?

「さっきから仁王の話ばっかじゃん」
「‥‥そうかも」

そういえば、仁王のことばっか引っ張り出してる。まあ部活中に目が合ったから、なんとなく仁王を思い出すだけなんだけど。丸井の気を引きたくて、仁王の話題ばっかり探してる。私がやきもち妬いた分、丸井にもやきもち妬かせたかったのかもしれない。もう怒ってなかったんだけどなー。なんか丸井いじるのが楽しくて、つい無意識に意地悪しちゃう。

「なんで?」
「なんでって」

口ごもる私に、早く言えと丸井の目がつげる。口元をもごもごさせながら睨まれるのって、すごく微妙。

「‥‥‥」
「言わない気っすか」
「‥‥‥」
「そのケーキ食っちまうぞ」
「わたしのっ!」
「食い気が盛んですねー」
「丸井にだけは言われたくない」

冗談だよ、とからから笑う丸井を睨んでやる。私以上に食いしん坊の丸井が人のこと言えたもんじゃないでしょう。私の倍の倍は食べてるもん、すでに。
「で、なんで?」、話を反らせたと思ったら、掘り返されてしまった。

「部活中、丸井女の子と話してたでしょ」
「またその話かよ」

うんざりとした顔を作る丸井に、自分だって話掘り返すじゃんと心の中で毒吐く。それでも丸井の手と口が休まることはなかった。どんだけケーキ食べたいの。(早くも)5個目のケーキを食べ終えた丸井は、お口直しにゼリーに手をつける。私なんてまだ1つも食べ終わってないのに。そういうとこ抜かりない。

「気分悪かったの」
「え」
「だから丸井にお返ししようと思ったの」

そう言って、1つめのケーキ(モンブラン)の最後の一口をフォークで掬った。丸井のお墨付きなだけあってなかなか美味しい。ちらりと丸井を見ると、初めて手と口を休めて固まっていた。丸井の視線が気になって、私も手を止めて首を傾げる。あ、

「ケーキ落ちたよ」
「ちょっと待って」
「ケーキは待てないと思う」
「ちょっと待て」
「落ちちゃったら待てないって」
「ケーキじゃねえよ!」
「え、なに」

俺どんだけケーキに夢中なんだよ!と叫んだ丸井に慌てて 声がでかいと注意する。

「そっちじゃなくて、お前!」
「わたし?!」

丸井のテンションにつられるようにして、こっちまで変なテンションになった。

「なんで気分悪くしたんだよ」
「えっ‥‥」

聞かれたくないことを丸井が、目を細くしながら(疑うように)私を見ながら聞いてくる。言葉につまる私に、さらに丸井の追求の手が伸びてくる。事情聴取をされてるみたいで緊張してくる。尋問されてるようで気分のいいものじゃない。私じゃなくてケーキの方に意識を向けてほしいです。切実に。

「なんで」
「いや、だって」

丸井がなおも私から視線をそらさずに、直視してくるから身動きが出来ない。

「こんなこと思うのってバカだと思うんだけど、‥‥最近さ」

そこまで口にして、「聞き流してね」と釘をさしておく。「おう」という丸井の生返事を合図に切り出す。

「最近、丸井とずっと一緒だったから、なんか」

じわじわと顔に熱が集まってくのがわかる。耳が痛いくらいに熱い。赤くなる自分にも、自分の言葉にも恥ずかしくなってきて、目が潤いを帯びていく。悲しいこともないのに、泣きたいんじゃないのに、なんでか涙が浮かんできた。ほんとに不思議。

「恋人みたいだなって、錯覚しちゃってた」

テーブルについたままの手をひざの上に置いて、ぎゅっと握る。心臓がばくばくとうるさい。これってなんだか私が告白してるみたい。全然そんなんじゃないんだけど。告白といえば告白だけど、好きです、とかそんなんじゃなくて、違うなんかこういたずらを打ち明けたときみたいな感じ。ひざに置いた手を穴が開くんじゃないかってくらい見つめる。なんか怖くて丸井の顔が見れない。顔が、上げられない。

「で、やきもち妬いたってこと」
「やきもちじゃないよ!」

反論するのと同時に顔をあげる。驚くことに丸井は無表情。休めていた手が再び忙しく動く。ゼリーを食べ終えた丸井が、ショートケーキを手繰り寄せた。

「じゃあさ、付き合う?」
「…え…?」
「俺ら」
「は………」

空気が抜けるような声を出して、硬直。
丸井が何を言ってるのかよくわからない。いや、わかりたくない。情報伝達を私の中が拒否する。
“付き合う? 俺ら” 脳裏に丸井の言葉が流れたような気がした。付き合うって、本当の恋人になるってこと? どうして、丸井はそんなこと言うの? なんで、そんなに感情を込めないで言えるの。無表情でそんなこと言わないで。そんな言葉いらない。偽りの言葉で恋人になんかなりたくないし、なれない。私は、丸井を好きなのは勝手。だから丸井にそれを押し付ける気はないし、そんなつもりは毛頭なかった。冗談って言ってほしいのに、丸井は口を閉ざしたまま、無表情に私を見つめている。冗談って言われるのも、いやだけど、冗談って笑い飛ばして片付けてくれたらよかった。


―― あ…なみだ、

目の前が真っ暗になってく。丸井の真っ赤な髪すらも、黒に染まっていくような気がした。一気に、モノクロの世界に吸い込まれる。私は、丸井が好き。だからそんなことを言われたって嬉しくなんてない。丸井と同じくらい、それかそれ以上に、私もプライドが高いようだ。

「ふざけないでっ」

気付いたら、席を立ってて、お金も払わずにお店を飛び出していた。丸井が一瞬、私の名前を呼んだ気がしたけど、気付かないふりをして振り返らなかった。丸井は、立ち上がる様子もなくて、追いかけてくることもなかった。


(優しいふりして無理しないで)

Rebuff