あなろぐがーる | ナノ
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「おっ待たせー。俺の天才的妙技たっぷり見たか?」
「女の子たちとお喋りしてる丸井なら見ましたけど?」

陽気に声をかけてくる丸井につんとした態度を気取って、わざとらしく顔をそらしてやった。きょとんとした顔をして、頭にたくさんハテナを浮かべる丸井なんか知らない。これは八つ当たりであり、私個人の問題なんだけど、人間とはやはり賢く面倒くさい生き物ですぐに感情的になってしまうものだ。自分を制御できないなんて、まだまだ子供だ。

「何で拗ねてるわけ?」
「拗ねてないし。テニスしてないじゃんって思っただけ」
「してただろ!」
「あ、私仁王がテニスしてるとこなら見た」
「はあ?!」
「その隣で女の子たちと楽しそうにお喋りしてる丸井がいたよ」

そらした顔に、貼り付けた笑顔を添えて丸井を見る。ぎくっ、と効果音が似合うような顔をした丸井に、さらにいらつく。私もわざとらしかったけど、その表情だってずいぶんわざとらしい!

「ていうかね」
「何だよ急に」
「仁王ってちゃんとテニスするんだね」
「あ? そりゃ一応レギュラーなんだしテニスするだろ」
「なんかいっつもサボってそうなイメージあったから、吃驚」
「なーに、惚れた?」
「テニスしてる人って輝いてるっていうかかっこいいよね!」
「うわ、マジで返してきやがったこいつ!」

さぶー!とか叫びながら腕をさする丸井を、チョップで黙らせる。痛いこの子痛い! とか叫ぶ声が隣から聞こえるけど無視。
普段あんなにだらしなくて、気づいたらいなくなってて、いっつもふらふらしてる仁王が、ちゃんと相手と向き合ってテニスをしている姿には感動してしまった。テニスしてる人って普段より格段とかっこよく見えるものなんですね。丸井がちゃんとテニスしてたら、仁王以上にかっこよかったに違いない。それなのに丸井ときたらお喋りばっかで、へらへら笑ってばっかで、いつもより数段かっこ悪いったらありゃしない!

「そういじけんなって!」
「いじけてねえー!」
「明日はちゃんとかっこいいとこ見せるし」
「明日も待ってるなんて言ってないんだけど」
「あー、お前が来るってわかってたらもっとちゃんと練習してたのによぉ」

まるでお前のせいだと言わんばかりに、溜息を吐かれる。

「どうして‥‥」
「ん、なに?」

私が来るってわかってたら、女の子と話してなかった? 私が来るってわかってたら、もっと真面目に部活してた? 私に、いいところ見せたいって思ってくれた? いや、かっこ悪いところより、いいところを見せたいのは当たり前なんだけど。何気に丸井ってプライド高いし‥。今の言葉が冗談だったとしても、嬉しい。何でか、さっきまでのイライラがどこかに消えてしまった。単純。だけどそれも、丸井のせいだ。自分が、丸井にとって特別な存在なんじゃないかと期待してしまう。周りの女の子たちよりも、上にいるようで気分がいい。性格悪っ! 今日話していた女の子よりも、自分の方が丸井に近いような気がして、素直に喜んじゃうのもどうかと思うけど、嬉しいと思ってしまう。別に思いたいわけじゃない、感情がストレートに体を突き抜けていくんだから仕方ない。

「ほらここ。知ってる?」
「最近出来たところ?」
「おう。結構おすすめ」

にかっと笑いながら、おすすめのケーキとかクリームがどうとか語り始める丸井に、先ほどまでの怒りは完全に消えてしまって、気づいたら丸井ペースに持ち込まれていた。気づいてからじゃ、遅くて、すでに私の顔の筋肉は緩んじゃってるし、頭の中にはケーキたちが踊っている。大量のケーキに埋もれている(溺れているとも言える)丸井を想像したら、笑いが止まらなくなった。幸せそうに、だけど泣いている丸井が、面白くって面白くってなかなか笑いが引かない。不審そうに顔を歪めた丸井を見て、ついに涙まで出てきた。

「きもいんですけどー!」
「丸井可愛いよ、丸井」
「意味わっかんねえ!」
「ケーキに溺れるとか!」
「何想像してんだよぃ!」


Vanish