×
「あ、そーだ」 丸井が自分の席に戻ろうと後ろを向いたところで、何かを思い出したように再び私の方に体を向ける。ん?と首を傾げて丸井を見ると丸井は、どこか嬉しそうに口元を緩ませながら口を開いた。 「今日さ、帰りケーキバイキング行かねえ?」 「ケーキバイキング‥‥」 「そ。駅前のケーキ屋、4時から」 「行きたい!」 目を輝かせて頷く。丸井がはにかむように笑った。 「待たせちまうけどいいか?」 「うん、大丈夫」 「それと…もしよかったらだけどさ、部活見にこねえ?」 「え、」 「や、めんどくさかったらいーし」 「いや、めんどくさいってことは、ないけど‥」 テニス部ファンの子の中に入るのは、正直遠慮したい‥んだけど、せっかくの申し出を断るのもなんだか気が引けるし。丸井がテニスしてるとこを見たいとも思うし‥。どうしよっかな。 「まあ、来たかったら来て」 そう言って丸井は仁王と一緒に教室を出て行ってしまう。来たかったら来いって、自分から誘っておいてなんなんだ。まるで私が行きたいと悲願したみたいな言い方。それにしても、テニス部か。いつもフェンスの周りにはたくさんの女の子で賑わっている。あの子たちの近くに行くのは避けたいよなあ。パワフルすぎて私にはついていけない。あの元気と勇気を私にも分けていただきたいものだ。 *** 放課後、いつも丸井を待つなら教室で一人寂しく勉強しながら、だったんだけど‥‥今日は違って、友人を誘ってテニス部の練習を見に来た。黄色い声をあげるギャラリーの中に入る勇気はなかったので、遠巻きから見守ることにした。部長の幸村くんのファンだという友人は、「もっと近くで見ようよ」としきりに不満を漏らしていたが、私はここでいいと断ると、なおも不満そうな顔をしながら 「一人で行くのはいやだ」とその場にとどまった。 その友人もフェンスの周りに群がる女の子たちとなんら変わりはなく、幸村くんがサーブを打つたびに「きゃー、幸村くんかっこいー!」などと騒いでいる。相手は副部長の真田くんだった。幸村くんへの声援ばかりが耳に届く中、真田くんが不憫に思えて仕方ない。 「えーっと、丸井丸井は、っと」 あの赤髪はどこかなぁー? コートの中を探してみるも、一向に赤い髪が見つからない。代わりに仁王の白髪のような銀髪は見つけた。仁王じゃなくて丸井を探してるんだけどな(仁王には悪いが) ふいに、仁王がこちらに目をやる。あ、目合った。遠くにいてもわかるくらいばっちり視線がぶつかる。仁王が軽く手を振ってくれたので、こちらも振りかえす。それから仁王が、右側に人差し指を向けた。仁王の指の先に目をやると、そこには私が探していた丸井が、フェンスの外にいる女の子と仲良く話しているのが目に入る。丸井を見つけたと思ったらこれかよ、なんて。笑顔で女の子に手を振る丸井に無償に腹が立つ。私の勝手な感情だから、丸井に非はないのに。目を細めて二人を見る。いまだに仲良く話している2人はほんとに楽しそうだった。ずきんと胸の内が痛む。そこで、自分が彼女にやきもちを妬いているということに気づいた。 彼女でもない私が嫉妬するなんて、笑ってしまう。まだ錯覚してるのか自分は。あの子が羨ましいよりも先に、妬ましいと思ってしまうあたり、私はなんて強欲で器の小さい人間なんだろうと自己嫌悪。再び仁王に視線をやると、奴はやれやれと言った感じで両手を挙げながら肩を竦めた。仁王が何を言いたいのかわからないけど、なんとなくむかついた。それ以上に、丸井がむかつく。単なる、八つ当たり。 この後行くケーキバイキングだって、あの子と行けばいいのに。丸井の周りにはたくさん、可愛い女の子たちがいるんだから私じゃなくてもいいじゃないか。丸井のせいで一喜一憂する自分がどうしようもなく、恋する女の子みたいに思えて、照れくさい。結局私もキャーキャー騒いでいる子や、隣にいる友人となんら変わりないのだ。 「どうしたの?」 友人の声に、はっとして顔を上げると 「に、睨まないでよ」と怯えられた。無意識の内に丸井たちを睨んでいたらしい。友人に言われるまで気づかなかった。なんか、すごく、もやもやします。 前に、丸井は苺のようだと比喩したことがあったけど、それに加えて丸井はショートケーキのようだとも思う。ふわふわした髪の毛は生クリームのようだ。ふわふわしてるから、風でどこかに飛んでいってしまいそう。私の前からもそうやってふわふわ飛んでいってしまうのかな? 私じゃない誰かの元に苺のように転がっていってしまうのかな。丸井は私のものじゃないし、丸井は物でもないんだから、今の私の考えはおかしいんだけど、そう考えてしまう。丸井が好きで、丸井に恋してるから、丸井が私の物なんてことにはならないのに。なんておこがましい考えなんだろう。急に、加速度をつけて切なくなった。部活なんて見に来なければよかった。丸井テニスしてないし‥‥‥。何やってるんだろう。その前に丸井はテニスしないで何やってんだって話だよね。女の子と和気藹々おしゃべりしてるんだもん。レギュラーから落ちちゃえばいいんだ、丸井なんて。丸井なんて‥‥‥なんだか悔しい。私ばかり振り回されてるみたいで無性に、悔しい。 幸村くんへの黄色い声が、耳に響く。その声援に乗せて、丸井のばーか!と叫だ。隣の友人が「どうしたの?」と苦笑いしていた。 Wished |