あなろぐがーる | ナノ
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朝、登校時。やっぱり、丸井は迎えにきていない。それが当然なことであるのに、いつもと違うような気になってしまう。たった数日間の出来事なのに。もう日常化していたんだから驚きだ。一人での登校は久々で(1週間ぶり)隣に誰もいないことが寂しかった。人間は一人じゃ生きられないですものねえ。いや大げさだ。
教室に入っておはようと挨拶すれば、おはよーと返事が戻る。珍しく、私よりも早く丸井が登校していた。

「あっれ、今日は一人なのー?」
「今日はっていうか‥‥はは」

曖昧に誤魔化して自分の席につく。友人はふーんとつまらなさそうに言っただけだった。

「眼鏡変えた?」
「うん。壊れちゃったから新しいの買った」
「あ、だから丸井のやついないのか」
「そうそう」

丸井が選んでくれたのは、私の大きな自慢です。そのことは私の中にしまっておこう。
友人が丸井丸井と数日間の私たちをちゃかすように言ってる間に、当の本人が私のところに現れた。わ、丸井じゃん。友人が慌てたように口をつぐんだ。丸井に今の会話聞かれてない、よね? 聞かれても別段困るということはないし、丸井が怒るとも思えないけどなんとなく‥聞かれたくないなあ。私のせいでとやかく言われるのは嫌だ。丸井がネタにされるのも嫌。これでは、なんだか丸井を独占したいみたいじゃないか。実際、独占していたと思い込んでいたんだから、そう思ってしまうのも仕方ないけど。先日までの関係を終わらせたはずなのに、未練がましく独占したいと思ってる自分には正直あきれた。ちゃんと区切りをつけておかないといけないのに。丸井は私のものじゃないと、しっかり頭に刻み付けなければ、この関係を終わらせたとはいえないんだ。丸井が「よお」と片手をあげながら挨拶するのに、私も自然に「おはよう」と返す。友人は気を利かせたつもりか、その場からそそくさと席を立つ。別にいてくれてもいいんだけどなあ。

「今日は早いね」
「おー。いつもの癖で、お前のこと迎え行こうとしてたわ」
「‥え‥」
「途中で、そういや眼鏡買ったんだ、って思い出してさー。まあおかげで遅刻しなかったんだけどな」

はは、と照れくさそうに笑う丸井に、「私も丸井の迎え待ってた」と つられて笑う。「ここ最近それが普通だったし」と続けて。丸井が目を丸くして、きょとんという表情を作った。え、なに?

「じゃあ、明日迎え行っていい?」
「はい?」

いきなりの提案に声が裏返った。迎え行っていいって、は? どういうことですか。丸井が、私に会いたいって‥こと? いやいやいや! 待て、待て待て、ポジティブに考え過ぎだから。誰もそこまで言ってねーっての!

「いきなり一人で登校ってやっぱ寂しいし」

丸井も私と同じように寂しいって思っててくれたの? 丸井が私の生活を変えたみたいに、私も丸井の生活を変えてしまっていたんだろうか。なんだか無性に嬉しい。期待させるようなことを次々言わないでほしい。私はそういうことには慣れてないんだから。それをお構いなしにやってのけたりするのが丸井なんだけどね。顔が、熱くなる。お前なにかっこよすぎるんだけど!

「お前といんの楽しい」

前の席のいすに跨るように座って、私の机に頬杖をつきながら丸井が伏目がちに言う。あ、その表情可愛い。すねた子供のようだ。「だめ?」と上目遣いにそう言うのはずるい。私はその表情に弱いのだ。断れなくなっちゃう。つい、甘やかしてしまう。私のツボを把握しすぎだろ。これで確信犯とかだったらマジで殴るぞこの赤毛。

「丸井、迷惑じゃない?」
「んーん、別にどってことねー」
「じゃあさ、気が向いたら迎えにきてよ」
「おう」
「あ、でも私丸井のこと待たないよ?」
「は、マジでか」

気づいてないフリをして、気づいているような素振りをしている。気づいてると認めてしまったら、もう後には引けないし。気づく前と気づいた後の恐怖はやっぱり違う。色々と考えるのも怖くなる。こんな始まりってあっていいのかな。ひょんな出来事から始まった関係(丸井に尽くされるなんて夢みたいだよね)から、丸井を好きになったりしてずるくないのかな。恋の始まりってどういうものなんだろう。好きになることはずるいことだろうか。そんなはずはない。でも、今回のはどうだろう? なんだか、ずるいと言われているみたいだ。もちろん、そう言ってる子は実際にいるんだろうけど‥‥丸井のファンの子とか。
好きになったら、戻れないし。失恋するのだって怖いし。気づきたくなかった、って思うじゃない。もう一緒にいられないと思ってたのに、またチャンスがやってこようとしてるんだよ。認めないわけにはいかない。私が、丸井を好きだと認めてしまったら、何がかわる? そしたら、丸井は離れていってしまう? そう思ったから好きになっちゃいけないと境界線を引いてた。どこまでも、私はずるい。ラッキーから始まる恋を認めたくはないのに認めざるを得ません。もっと自然と好きになってみたかったと今更思う。少女漫画のような始まりを夢見たりしたけど、いざそういう始まりをしてみると照れるものだ。違和感がどんどん私の中を埋めていってしまう。誰かに踊らされているようだ。ここまでの間、丸井を好きになって、それを認めるまで、誰かに自分を動かされているみたい。もしも、私の仮定が正しくて、丸井を好きになることが必然だったとしたら、それはきっと神様なんでしょうか。神様に踊らされてるのか。いや、眼鏡様だな。気の迷いで片付けられればどれだけよかったろうか。


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