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何でも美味しいと言って食べてくれるの、すごく嬉しい。でもたまには美味しくないって苦い顔してもいいんだよ。なんて言っても目の前にいる黒崎君はそうだな、ってちゃんと聞いてるのか聞き流してるのか相槌しか打ってくれない。そんな黒崎くんを見て溜息をつくのだけど、それでも彼は気にもとめてくれずに私の作ったご飯を食べてくれる。味の好みくらい教えてくれてもいいのに 「そういやお前そっちはどうなんだよ」 「どうって?」 「石田のトコ」 「ああ…」 こんな私ですが、黒崎家の援助もあり無事に就職できたことをここにご報告いたします。黒崎君のところを離れて今は石田君のところにお世話になってるわけですが、一つ言わせていただくとコネとか使ったわけじゃないんだからねっ! 「石田くんすごいよ、患者さん達からも人気なの」 「いや石田のことはどうでもいいの、おなまえのことを聞いてんだよ」 「仲良くさせてもらってるよ?」 「お前…俺に妬かれたいから言ってんの?」 「え…あ、いやいやそんなわけと違うけど!」 「石田の話とか石田との話が聞きたいわけじゃねーんだよ、お前がうまくやってんのか聞きたかったの!」 「あはは、ごめんね」 最近あったことを話すと彼の眉間にはだんだんと皺が寄ってどうしたのと訊ねれば、また石田のこと話してと膨れてしまった。そんな黒崎くんがいつになってもいくつになっても可愛くて笑ったらさらに膨れてしまうものだから困った。 「黒崎くん好き!」 「お前も素直になったよなぁ」 「もう何年も付き合ってきてるからね、色々隠せないんだよ」 「あぁ、この辺の皺とか?」 ぶちり。きっと私の顔のどこかに今怒りマークが出来上がっているに違いない。ほうれい線のあたりを指す黒崎君がなんとも憎たらしくてこっちも笑顔を作りつつスプーンを持った手に力を込めた。 「でも黒崎君のこの皺は隠さないとダメかなぁぁぁ」 「んぐっ、うっ!?」 スプーンを黒崎君の口につっこむと、彼の余裕はどこへやらばたばたと暴れ出す。すっきり。 「んぐっ、は、っはぁ!」 「美味しかった?」 「何すんだ…!…う、まかったけど」 「ほんとに?」 「ほんとだって」 「いつも美味しいしか言わない」 「だって美味いから、それ以外になんて言えばいいんだよ」 「無理して美味しいって言ってない?」 「何年も付き合ってきたから隠せないって言ったのお前だろ、俺の嘘くらい見抜けるだろ」 「またそんな適当なこと言う」 「適当じゃねーだろ」 黒崎君に掴まれたままの手をひっこめる。そりゃ美味しいって言ってくれるのは嬉しいよ、だけどちょっと気になるとこがあれば言ってほしいもの。その気になるとこがないから何も言ってくれないのは分かるけど。私って年々欲張りになってくなぁ。黒崎君が甘やかすからだよね。もういい大人なのにどこか自分がまだ子供のままのように感じるよ。 「あ、そうだ」 「ん?」 「明日俺のトコ来て。泊まり」 「え?急だね」 黒崎君も家を出て今はお互い一人暮らし状態。遊子ちゃんたちも私たちが出会ったあの頃と同じくらいの年齢になって、もうすぐ大人になろうとしている。だけど黒崎君が家を出ると言った時は泣いて引きとめたみたいだった。黒崎君てば愛されてるよなぁ。 「明日もおなまえの作った飯が食いたくなったから。ダメか?」 「ダメじゃないよ、何か食べたいのある?」 「おう。ビーフシチューがいい」 「ビーフシチューですか?」 「ちゃんと一から作ったやつ、それとクリームコロッケ」 「すごい食べ合わせだね」 「おう。気分だ」 「頑張るね、黒崎君の胃袋頑張れるといいけど」 「余裕だっつーの」 一から作れなんてすごいわがままだな。ビーフシチューだけでも手間隙かかるって言うのにクリームコロッケも付けろだなんて。でも自然と頬が緩むのは珍しい彼からのリクエストだからか。 以前私の気まぐれで市販のルーを使わずに一からビーフシチューを作ったことがあったのだが、それを気に入ってくれたのかリクエストするといえば大体それだ。今回は他の物までリクエストしてくれたのだからそりゃかなりめんどくさいしかなり大変だしかなり時間かかるけど嬉しくなるというものだろう。気分が良くなってきたから明日はプリンでもデザート用に焼こうかな。デザートだけは手軽なものだけど。 翌日、仕事を終わらせて直接黒崎君の家へ向かう。もらっていた合鍵で部屋に入る。黒崎君は仕事があると言っていたから帰ってくるのは結構遅くになるだろう。時間的にちょうどいいかな。とりあえず着替えてから、キッチンに立つ。お揃いで買ったマグカップやお皿たちがとても愛おしく思える。気が付けば黒崎君の空間の所々に私の私物が置かれていて、なんだかくすぐったい。黒崎君一人にこの部屋は少しばかり大きいのではないかと最初こそ思ったけど、こうして荷物が揃ってしまえばどうってことない。そう思うのは私の物があって、この部屋に私も一緒になって暮らしていると錯覚しているからなのか。 「揚げ物って未だにちょっと苦手だぁ…」 作り始めた時にはまだオレンジ色が空にあったのに、すでに空は真っ暗になっていた。時計を見ると帰宅してから3時間ほど経過していた。黒崎君まだかな。 まだ仕事中なのかな、電話したら迷惑だろうか。迷った末にメールにすることにした。帰宅は何時ごろになりそうですか?…っと。 メールを送って数分後、黒崎君からメールの返事が来た。もうすぐつく。 「気を付けてね、っと」 数分しない内にガチャリとドアの開く音がする。黒崎君の声もした。「おお、ありがとな!」誰かと話中なのかな。こっそりと玄関を覗いてみる。 「おなまえちゃん!」 「姫ちゃん?!…茶度君に水色くんも、浅野くんまでどうしたの?」 玄関の前にはお馴染みのメンバーがいる。みんな少し息があがっている。ああ、この中に朽木さんが居ればあの頃のみんな揃うのに。少しだけ寂しかった。 「ちょっとそこで会ってよ」 「この年になって鬼ごっこしちゃった」 「付き合ってくれてありがとよ」 「いいよ、このくらい」 「皆若いねぇ…ご飯食べてく?」 「いや、僕これから約束あるから今日は遠慮しておくね」 「俺も今日は姉ちゃんたちと会うから」 「あたしもちょっと用事があるんだ!」 また誘ってね、そう言ってみんなはそれぞれその場を後にしていく。ちょっとだけ寂しさが募った。 「あ、おかえりなさい!」 「おう。ただいま」 ニカッと黒崎君が笑う。笑顔は私たちが出会ったあの頃のまんま。嬉しい。 「風呂って沸いてる?」 「え?…あ、やだ…料理に夢中で…ごめん」 「いや、大丈夫。でも入りたいからちょっと沸かして来てくんねーか?」 「うん!」 黒崎君は汗ばんだ服が気持ち悪そうに胸元をパタパタしていた。料理が冷めちゃう前にお風呂入れなくちゃ! 黒崎君がお風呂に入ってる間にテーブルに料理を並べる。テーブルを飾って数分後、黒崎君がやっとテーブルについた。 「お疲れ様です」 「ん。おなまえも」 いただきます。二人の声が重なる。黒崎君はやっぱり美味しいって言う。まあ今回は腕によりをかけたわけですから美味しいのは当たり前なんですけども。こんなに頑張ってつくった料理たちが不味いわけがないのだ。 「おなまえ…あのさ」 「うん」 「このビーフシチューうめぇ」 「え、うん、ありがとう…?」 「明日も食いてぇ」 「うん、ちょっと作りすぎちゃって明日の分まではあるよ」 「じゃあ明後日も食いたい」 「明後日のはさすがにないかなぁ」 「一週間先も一年先も食いてぇよ」 「毎日ビーフシチューを?!そ、それはさすがにさぁ」 「ちげーよ!」 「ええぇっ違うんですか?!」 毎日ビーフシチューはつれえだろ!そう言って黒崎君は立ち上がってテーブルを拳で叩いた。ひぃぃぃぃ!!何でそんなテンション高いんですか?もしかして私にツッコミを任せようとしてるの?!私につっこんでほしかったんですか黒崎くんんんん!! 「毎日お前の手料理が食べたいんで結婚してくださいってこと!」 「………へ…?」 「あ、いや…違う」 「……はい?」 こほん、一つ咳払いした黒崎君は椅子に座りなおしてまっすぐとこっちを見た。その瞳に映るのは私。その瞳の色はとても優しい、その瞳が私は好きで、黒崎君の全部が好きなのだ。つまりそういうことで。つまり今の黒崎君の爆弾発言は…爆弾発言は……爆弾発言の後の違うは?違うってなに?え、どういうことですか。 「あの、おなまえには黙って…」 「は、はい」 「おなまえさんの私物を今日運び出しました。さっき水色たちが来たのはその手伝い」 「え、」 「結婚は、もうちょっと先でもいいんだ。おなまえが落ち着いてからでも、俺はいつでもいい」 「…うん」 「い、一緒に、住みませんか、って最初言おうとしたんだけど、抜けて先にプロポーズしちまった」 黒崎君の顔が赤く染まり出す。「こ、このビーフシチューちょっとかれぇんじゃねえの?!」なんて言ってるけど、このビーフシチューは全然辛くないんですよ黒崎君。 「黒崎君のために私をあげるね」 そう言って笑ったら黒崎君は顔をさっきよりも真っ赤にさせた。 あの頃、私と黒崎君が付き合うってなった時、あそこがゴールなんだって思った。でもこれからもゴールなんてないんだね。 「それってつまり」 「井上やめて、黒崎になっても…いいな、って意味…です」 君に出会えてよかったそう泣きながら笑った 近未来の僕らは |