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何かが劇的に変わったとか、自分の中の問題が全部解決したとか、自分が思い描く理想に近づけたとか、そんなことはここ数日の中でなくて。まだまだ問題は山積みだし、自分は欠点だらけっていう考えも消えてない。だけど、この数日間で変わったこともあった。前よりも黒崎君に近づけたこと、もっともっと深く彼を知りたいと思うようになったこと、変わったことをあげれば全部が黒崎君に該当してしまう。どんだけ日常が黒崎君で溢れてるんだろうと小さく溜息をついた。別に疲れたとかそういう気持ちから出たんじゃなくて、それが当たり前なんだと錯覚してしまうくらい穏やかで自然に出たものだった。 付き合ってる、と口にするのはまだ気恥ずかしくて慣れなくて、抵抗があった。気恥ずかしいままがいいなあとも思う。慣れてしまうのももったいないなあとも思う。それを朽木さんに伝えたら「お前らしいな」と眉を下げて笑っていた。 私と黒崎君の関係が変わったのに一番に気づいたのは小島君だった。さらっと「君たち付き合い出したの?」と訊いてきたのだ。お互いそれを認めることに抵抗はなかったはずなのに、なんだか改めて認めるのが恥ずかしくて言葉を濁していたのを覚えている。 そんな初々しい私たちの反応に一番喜んで、一番に祝福してくれたのが浅野君だった。黒崎君に一番殴られた人も浅野君だった。蹴られても、浅野君は笑っていた。そんな彼を見て、「うわぁ…浅野さん気持ち悪いですね」と小島君が顔を引きつらせながら言っていた。浅野君は泣いていた。 朽木さんはニヤニヤしながら、「よかったですわねぇ、黒崎君」「今思い出しても笑えますわ」「失態の数々もこれで報われましたのね」と黒崎君をからかっていた。顔を真っ赤にしながらうるせえ!と叫んでいた黒崎君を可愛いと思ってしまったのは内緒にしておこうと思う。可愛いなんて言ったら絶対怒られちゃう。この前ついうっかり可愛いと言ってしまい、ひどい仕打ちを受けた。黒崎君お馴染みの頭スパーンの刑である。あの絶妙なタイミングは尊敬に値する。 一番、伝えるのが怖かった姫ちゃんにもちゃんと、報告した。 彼女は笑っていた。よかったね、って言って笑った。一瞬だけ、目を細めて笑った彼女の表情に哀の色が浮かんだのはきっと気のせいじゃないだろう。ズキリ、と胸が痛んだけど、ごめんねって言ったら姫ちゃんをもっと傷つけてしまうし、私が謝ったらダメな気がして「ありがとう」とだけ返した。後ろめたさも罪悪感も、姫ちゃんには伝えちゃいけない気がしたけど、心の片隅からそれらを拭い去ることは出来なくて。だから小さく心の中で、「ごめんね、ありがとう」って呟いた。 直後、「謝ったらおなまえちゃんのへそくりでお笑いライブ行っちゃうから」と脅された。へそくりは死守したいので姫ちゃんへの“ごめんなさい”は封印した。 学校では、有沢さんに睨まれた。何も言われなかったのが逆に痛かったけど、これくらいは我慢しなくちゃいけないと思った。後から姫ちゃんに聞いた話によれば、複雑そうな顔をしながらも「よかったじゃない」と言ってくれたらしい。それだけで何故か嬉しくなって次の日、学校で会った有沢さんに微笑んでみたら思い切り目を逸らされた。ちょっと傷ついたけど、前みたいに顔を逸らされなかっただけマシだと思う。 それがここ数日の出来事で(からかわれてばっかだったなぁ)、改めて考えるとここ数日心の中はいつもぽかぽかしていた。今もぽかぽかだ。 今日はバイトが休みということで黒崎君の部屋にお邪魔しているのだけれど、黒崎君はどうやら多忙らしく部屋に入って早々に朽木さんと一緒に虚退治へと出掛けてしまった。 「黒崎君も忙しいんだなぁ…いや私もバイトあるし言えたことじゃないけど」 「なんすか、オレが相手じゃ不満なんすか」 黒崎君の体に入ったコンさんが口を尖らせる。中身が黒崎君だったら絶対拝めない表情に思わず笑みがこぼれた。眉間に皺がよってなくてヘラヘラしてる黒崎君は年相応というのか、幼さが感じられて可愛かった。 「不満なんてそんな、滅相もないです!」 「つーかおなまえさんもあんな餓鬼のどこがいいんだよ」 「え、どこがいいっていうか…なんか黒崎君じゃないとダメだなあって感じ、です」 「惚気」 「の、惚気じゃないです!」 ぶーぶーと不満を漏らすコンさんに苦笑いをしながらなだめる。そこに突然一心さんが登場する。 コンさんが慌てながら眉間に皺を寄せて黒崎君のふりを始める。おおー割と様になってる、さすが。 いっちごーう、と飛びついてきた一心さんに、どわああああっと間抜け(本人にはとても言えない…!)な悲鳴をあげながらコンさんが一心さんと一緒に床を転がった。 「う、うわぁ…」 相変わらず一心さんだなあ、なんて考えながら二人の近くから離れる。近くにいたら危険だ。つい先日、黒崎君にも言われた。「近くにいたら親父ふっ飛ばした時にあぶねーから離れてろよ」と。ふっ飛ばさなければいい話だと思う。 「お前ちょっと弱くなった?」 「な、何すんだ!いきなり! 危ないじゃねぇぇぇええか!!」 「おう悪かったな。おおおなまえちゃん!」 「(一護といいこの親父さんといい…オレに謝る気がねえ! いや今の俺は一護なんだが…!)」 「あ、はい…お邪魔してます」 「いやー、おなまえちゃんが来ていると聞いて飛んできてしまったよ、下から!」 「はあ…」 「じゃ、そういうことでゆっくりしていきなさい! 夕飯もちろん食べてくよな!」 「え、あの、ちょ…」 キラッと効果音がきこえてきそうなほど綺麗にウインクを投げてきた一心さんは豪快に開けたドアから颯爽と出て行く。え、何がしたかったんですか一心さんんんん!!? 唖然としていると、再び一心さんがドアの隙間から顔を覗かせた。 「一護おめーヤングラブもほどほどにな!」 それじゃ! そう叫んで、一心さんが大きな足音をたてながら階段をおりていく。すぐに遊子ちゃんの「お父さん! 階段は静かにおりてって言ってるでしょ!」という声が聞こえた。 「殺すッ!!」 「え、え、えっ、なに?」 一護マジ許せねええええと叫びながら枕を殴り始めるコンさんは とりあえず放置して、一心さんが開けっ放しにしていったドアを閉める。とそのすぐそばに冊子が落ちていた。 「…アルバム…?」 拾い上げて見ると結構な重さがあって、何気なくページを捲るとそこにオレンジ色の髪をしてニカッと大きな笑顔をしている男の子がいた。 「奴にもこんな時代があったんすねェ」 「……ね、うん…」 多分一心さんが残していったものだろう。もっと普通に渡してくれてもいいのに…。 一番最初のページには、とても綺麗な女の人とその横に小さな黒崎君が女の人の手を引いている写真が飾られていた。 「この人…」 黒崎家の一階に飾られている大きなポスターと同じ人…。 「黒崎君のお母さんだ」 そっと、その写真を指でなぞる。羨ましくて切なくて悲しくて嬉しくて複雑で、難しい気持ちでいっぱいになった。もう一度なぞったら今度は愛しさが広がった。 「黒崎君かわいいですね」 「今の奴とは似ても似つかねー」 けらけら笑いながらコンさんがアルバムを捲っていく。 「あ、黒崎君と有沢さんだー…ふは、傷だらけだ」 「女の子に泣かされるとかかっこわりー」 「黒崎君ちっちゃいなぁ、かわいー」 「笑い方がバカっぽいっすよねー!」 ニカ、と嬉しそうにコンさんが笑った。笑い方がバカっぽいって…。すっごく嬉しそうだよコンさんんんんん! 「誰がバカっぽいって?」 がし、とコンさんの頭がつかまれる。相変わらず仏頂面した黒崎君がいた。 「おかえりなさい!」 「お、ああ。てか何見てんだよ」 「黒崎君の幼少期のアルバムー」 「なっ?!、なな、何勝手に見てんだよ!」 「勝手じゃないよ、一心さんが落としてったもん」 「あんのクソ親父…!」 「いやぁ、一護はガキのころからアホ面だったんだなぁ…うんうん」 「…………」 「コン、早くこっちに戻れ。出かける」 「あ、朽木さん!」 「何だよ、どこ行くんだ?」 「ここは熱いからな。貴様たちがいないどっか涼しい処へだ」 「なッ?!」 「いやあ熱い熱い…今年の夏はいつにも増して暑くなりそうだ」 「テメエ早く出てけ!」 「フン、せいぜい妹たちに邪魔されぬよう頑張るんだな」 「うるせぇんだよ!」 *** 「あれ、朽木さんたちは?!」 「あー…出かけるって」 「アルバムに夢中になってて気づかなかったよー、悪いことしたなぁ」 「してねーだろ」 「あれ、黒崎君?」 「あ?」 「戻っちゃったの?」 「何だそれ、コンがよかったのかよ」 いつもより眉間に皺を寄せた黒崎君が不服そうにこちらを見る。椅子に座っていた黒崎君がそのまま立ち上がって隣に座って、私の手の中にあるアルバムを取り上げる。 「ちょっと残念だったかな」 「…………」 「この写真ね、」 一番最初のページにある、黒崎君とお母さんの写真を指す。 「眉間皺がなかったら、今の黒崎君もこんな感じなのかなぁって…コンさんが中に入ってる時に笑うとこの写真の中の黒崎君みたいなんだよ。それがちょっと可愛くて…あ、今のなし可愛いなんて言ってないですよ、コンさんが可愛いって意味ですからね! スパーンしないでね!」 「…………」 「あ、でもやっぱ中身も黒崎君の方がいいなぁ…仏頂面だけど」 「悪かったな仏頂面で」 拗ねた表情を見せながら今度こそアルバムを閉じられてしまう。後でこっそり他のアルバムも見せてもらおう。 「眉間に皺なくて仏頂面じゃない俺のがよかったかよ」 「そんなこと言ってないじゃないですか…拗ねてる?」 「……別に」 「拗ねない、で」 「無理」 言葉を遮って、無理ときっぱり言われた…直後にキスされた。おい、今の反則だろ。 「…拗ねてない…」 「さっき別に、って言ったろ」 「嘘つき」 「嘘はついてない」 「やっぱ拗ねてた?」 「拗ねてない」 ちょっと抱き締めて下さい 太陽に似たひと |