黒曜石 | ナノ
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退屈な授業にこっそりと欠伸を漏らす。今日は特売品もセールもない。授業中が暇で仕方ない。本来ならば勉強するのが当たり前のはずなのに、こうもぽかぽか暖かい日差しが差し込むと、勉学になんてとてもじゃないけど集中できない。何気なく黒板に目を向けてみる。勉強する気がもっと失せてしまった。小さく溜息を吐いて、辺りを見回してみる。皆ちゃんと勉強してるのかな? なんて仲間意識を勝手に持ちながら。隣の黒崎君が視界に入る。あ、真面目にノートとってる。ちゃんとノートとってるのって…なんか、意外。彼らしいのかそうでないのかなんとも曖昧でくすりと笑った。

ああー、眠い。眠気来ましたー。ノートとってる場合じゃないわ。…とってないけど。
両手を机の両縁に付けて、ふー、と長く息を吐く。保健室行こうかなあ…寝たいなあ…帰りたいなあ。つまりは、サボりたいだけなのである。頭を机に預ければ頬がひんやりとした机と対面する。チラリと下から覗くように黒崎君を盗み見るとばちりと黒崎君と目が合ってしまった。あちらも吃驚してたよ。頭をあげると、黒崎君も授業を聞いているのに飽きたのか、私と同じように両手を机の端に置いている所だった。私の左手からさほど離れてない所にある黒崎君の右手がなんとももどかしい。―――実をいえば私の左手が寂しいだけなんだけど。程よくついた筋肉に暫し見とれた。黒崎君て何かスポーツとかしてたっけかなあ?何かしてるんだろうか?…大根と牛蒡の差にちょっと悔しくなった。


触れそうで触れないのがくすぐったい。
曖昧5pの距離




「……っ、!」

思わず出そうになった声をすんのところで止める。ドクン、大きく心臓が脈打つ。瞬きも出来ないほどに硬直した体の中を忙しなく動き回る細胞。ゆっくり、息を吸う。落ち、つけ…。

「……………」

ぎゅうと目を瞑って、浮かんだのは…夏に酔った、なんて言い訳がましい一言だった。“がましい”、なんてもんじゃない。ただの言い訳だ。逃げ道を、作るように浮かんだ一言が頭の中に何重にもなって響く。
コツン、私の左手に何かが当たる。この時点で既に私の脳は混乱し始めていたんだ。
黒崎君との、左手の、距離が…0になったから。ぎゅ、左手を握る。その上に黒崎君の右手が覆いかぶさってきた。そのまま左手の拳ごと握られてしまえば、あとは体の方が反応するだけだ。お互いの汗ばんだ手が妙にリアルで。リアル、っていうか、現実なんだと物語っているようで軽く恐怖心を抱く。恐怖心、だけど嫌じゃない。冷たかった机に熱が移ったように、体温と同じ温度になる。冷たさとか、感覚が、伝わらない。私の全身が麻痺してしまったのかわからないけど、それでもいいと…思った。
何で、とか、どうして、とか疑問は山のように浮かぶけれど、被さった手を振り払えるほど嫌じゃなくて。疑問なんて全てフェードアウトしてしまう。左手に意識が集中してしまっているせいかもしれない。
黒崎君の体温と、私とは違った手の感覚。先生の声が遠くなる。聞こえるのは自分の心臓の音だけだ。本当は、他にもなにか聞こえていた筈なのだけれど、覚えているのはドクドクと間隔の短い脈の音だけ。それと、重なった体温だけ。黒崎君の右手から目を離して盗み見るように黒崎君に視点を変える。私と同じくらい、真っ赤な顔…

「ッ……」

かと思えば、ガタ、と勢いよく立ち苦しそうに叫んで、「すんません頭痛いんでトイレ行ってきます!!」教室を飛び出していった。もちろん黒崎君が。


「いや何でトイレ…?」

先生の呟きを聞いて、世界が戻ってきたような感覚にほっとする。
ぽつり残された私に残ったのは黒崎君の体温と顔の熱。どうしたんだ、黒崎君。あんなことされたら意識せずにはいられないじゃないか。早く熱が冷めますようにと思いながら机に突っ伏して、何処かへ行ってしまった眠気を再び呼び戻すのだった。

(まだ、ドキドキしてる)
姫ちゃんが、見てるとも知らずに。私は一人 熱の余韻に浸っていたんだ。


どうか、次に会う黒崎君に普通でいられますように。
彼がわからない




5cmと彼の事情