黒曜石 | ナノ
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とぼとぼと、黒崎君と茶渡君の後ろを歩く。
両手についたワイヤーの跡が痛々しくて、とくに左の二の腕とか切れててほんっとに痛い。じんじんする。包帯の下は鎌鼬にあったような傷がこんにちはしている。結局、黒崎君の好きの返事をすることはできずに、それどころか黒崎君を直視することすらできなくなった。背中を見つめるだけで精一杯だ。

途中で茶渡君と別れて、帰り道を黒崎君と二人で歩く。向かうのはすぐ近くの私の部屋で、すぐはずなのにすごく長く感じるのは、わざと遠回りしてるから。そうしようとどちらかが言ったわけじゃなくて、ただ自然に無意識に近いくらい自然と足が遠回りさせていた。それはたぶん黒崎君の方も一緒で、ただ足だけを動かしているようだった。

「さっき…急にあんなこと言って悪かった」
「………」
「怖がってたから・何か言わなきゃって思ったらすげー護ってやんなきゃって思った」
「好きって、」
「………」
「そんな、そんなことまでしてくれなくていいの」
「は?」
「そんなこと言ってくれなくたって、私は大丈夫だよ、」
「何言ってんだよ」
「そこまでしてくれなくていい。同情でそんなこと言われたって、怖くなるだけだよ」

足を止めて、黒崎君をまっすぐに見詰める。今すぐ、目をそらしてしまいたかった。彼の目に映る自分を見たくなかった。同情で好きになられてる自分、それでも私は黒崎君を好きな自分…そんな矛盾した自分。そんな自分を見られたくなくて、見たくなくて目をそらしたかった。黒崎君から逃げたくなった。私は逃げてばかりだと叱咤したところで逃げたいという思いはなくならなくて…でも逃げたらもっと黒崎君に迷惑をかけそうで実際は逃げることもできなかった。本当に笑っちゃうよ。

「俺って、形だけでそういうこと言える奴だって思うか?」
「でもっ、…私のことどうしたら好きになれるの!? 何もいいとこなんてないし、嫌われ者だし、こんな…こんな誰かのおまけみたいな私なんて好きになれるわけないでしょ?!」
「どうしてそういうこと言うんだよ」
「だって、私のことは一番わかってるもん!」
「だったら、俺だって俺のことは俺が一番わかってる。俺は…お前が、ッ好きで、それは一番俺が、わかってる」
「…、…っ…!」
「それに、そんな誰かのおまけだなんて思ってねーし。おなまえはおなまえだってちゃんと見てる。これは俺だけじゃねーけど、お前が俺たちといるのが好きなのと同じくらい俺たちだっておなまえといるのが好きなんだ」

嫌われるのが怖い。怖い。好きになってもらわなければ怖くない。嫌われてるままなら怖いものなんてないのに。私だけが好きでいればいいって思うのに、好きだと思われることが幸せすぎて、苦しくて…何も出せない。感情も声も全部全部、飲み込まれてしまったようにただ変な浮遊感がぐるぐると渦巻いた。

「嫌われ者とか言うなよ、実際おなまえのこと好きな奴がいるんだから…」

お、俺、とか…? とどもりながら視線を外す黒崎君が、可愛くて。どうしようもなく愛しいと心のそこから何かが沸いてくる。
駆け出したら抱きしめてくれますか? 抱きしめたら抱きしめ返してくれますか? 今すぐにでも黒崎君の腕の中へ飛び込んでいきたいと思った。でも足が動かない。立ってるのがやっとで、歩きだしたりなんて出来ない。ちょっと動いたら転んじゃいそうだ。

「…でも…」
「まだ言うか」
「私…姫ちゃんと比べて明るくないし」
「井上なんて関係ねーじゃねーか。明るいか明るくないかなんてもっと関係ねーって」
「頭悪いし」
「やれば出来る」
「保身欲強いし最低だし」
「その割に自分のこと護れてねーよな」
「姫ちゃんと比べて胸ないし、色気ないし…」
「ブッ!な、何言い出すんだテメ−は!胸で好きな奴決めねーよ!」
「わ、私だけが、黒崎君を好きでいればいいって思うよ」
「なんだそりゃ」
「嫌われるの、怖いから…!」
「勝手に決めんなっての!」
「じゃ、何で、私のこと好きって思うの?」
「いや、うまく言えないけど…」
「どこが好きなの?」
「……あー、変に頑固なトコ」

顔を真っ赤にさせながら顔をかく黒崎君からはさっきまでの余裕が嘘みたいに消えていて、緊張していた足が自然と前へ進む。アパートが見えてきた。もうすぐ部屋に付いちゃうや。

「何度言っても、信用できねーか?」

後ろから、黒崎君の呟くような声が届く。信用できないわけじゃない。信じるとかそういう話じゃなくて。嘘みたいな話で、嘘みたいに幸せだなって思ってちょっと直視できないだけ。
立ち止まって、黒崎君が隣に並ぶのを待つ。

「私は、変に頑固だから…黒崎君に嫌いになってって言われたって嫌いになってあげないよ」
「上等じゃねーか」

くるりと後ろへ体を向ければ、顔を赤く染めてはにかんだ黒崎君がいた。

その言葉も表情も声も仕草も全部、信じていいですか?

「真っ赤だ」
「お前もだっつの」
「…そ、だね…」
「お前って何でそんな泣き虫なんだ?」
「そんなの、」

黒崎君が優しいからに決まってるじゃん。そう言ってから堪らず俯けば、頭の上に黒崎君の手が降りてきてゆっくりゆっくり撫でられる。その手も表情も目も好きって言ってくれてるみたいで嬉しくて、私も好きを全身から出して伝えられたらいいなって思った。多分今後の目標になるでしょう。
顔の横まで降りてきた黒崎君の手がゆっくり頬を撫でるように触れて、目を閉じれば唇に黒崎君のそれが添えられた。ドキドキ心臓が壊れちゃったんじゃないかってくらい動き出して痛い。
抱きしめられたら彼の大きな背中に腕を回して力いっぱい抱きしめてやろうと決めた。どくんどくんと高鳴る胸を押さえながら、実行に移してしがみついたら逆に力を入れられて死ぬかと思った。


君と手を繋げばいつだって道はできる
一生分の幸せを