黒曜石 | ナノ
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さて、と。ここの家主は留守なわけだが。

「…ンだよ、」

先ほどから、目の前の猫(おなまえ曰く俺に似ている)に睨み付けられているのだが、どうしろっつーんだ。一歩動こうものなら相手も動く。しかも、この感じだときっと敵視されているような、気が…する。何だと問うたところで返ってくるのはもちろん相手は猫なわけだから“にゃあ”しかないわけだが。相手はたかが猫…なのに何だこの、居心地の悪さは。

「つーか…似てるか?」

おなまえの言葉を反芻する。似てるといえば…目つきの悪さ、それから目の色…くらいか。ていうかビジュアルだけかよ。いやビジュアル面で猫と並べられるのも、腑に落ちないというかなんというか。
複雑だ、と言葉を出す変わりに溜息を吐き出した。

「暇だな…」

猫はもちろん言葉を返すことはないし、さっきから独り言が絶えない。なんか空しい。どう時間を潰すか考えていると、伝令神機が机の上で振動した。連絡は松本からで、俺たちがここへ来た理由の虚が現れたという伝達だった。すぐに向かうとだけ返し、おなまえから預かった(リボンを付けた白い猫のキーホルダーが付いた)鍵を握った。


***

「あーあ、逃げられちゃいましたね」
「……ああ」
「あとちょっとだったのにぃー」
「危害が無かっただけよかったじゃねーか」
「そうは言ってもねぇ…やっぱモチベーションがさ」
「あ、あの、乱菊さん、冬獅郎睨んでますけど!」
「そういえば隊長、昨日来ませんでしたね?」
「何処へだ」
「あたしん家」
「いや乱菊さんの家じゃないでしょ、井上のだろ」
「いーのよ、あたしが居る間はあたしの家!」
「うわー…(井上大変だあ)」
「おなまえの家に泊まってるんですよ、冬獅郎」
「え、そうなんですか?!」
「おい、なんだその顔」
「あ、いや、なんかあったりしちゃったのかなぁ、と」
「なんで俺の方見るんだよ」
「いや、なんとなく?」
「なんもねえ……」
「そういやその傷どうしたんだ?」
「痛そうですよね、慣れない料理でもしたんですか?」
「料理してそんな傷できるもんなんスか」
「加藤……猫に引っかかれた」
「ああ、やっぱ加藤か」
「もしかして昨日話してたおなまえの恋人ですか?」
「…似たようなもんか」
「ん??」
「(似たようなって…)」


現世来て2日目、収穫はなし。虚捕獲ならず、っと。報告してから家(俺のじゃねえけど)へ戻れば、加藤と早速目があった。ものすごい速さで逸らされたが。
何もすることがない。普段は書類に終われてたり色々やることがあって忙しくて、それが当たり前だったのに、数日間とはいえこうして休む時間が取れて(任務だけど)みれば、何もすることがなくて逆に休みなんてなくてもいいと思ってしまう。今日はいつもより昼寝できそうだ。
ソファに寝転がって瞼を閉じれば昨夜のおなまえとの会話が頭の中を静かに流れてきた。



「はっ、バカじゃねぇの」


怖くなんかねぇよ
目を閉じて嘲笑