黒曜石 | ナノ
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ゼーハー、と荒い息を繰り返した後、すっく、と立ち上がる浅野くんに倣って私も立ち上がる。どうやら浅野君は敬語で話されるのが嫌だったみたい。小島君が笑いながら教えてくれた。恥ずかしいなぁ。

「浅野君、大丈夫…」
「お、おうおう平気。それよか井上一人で帰るつもり?」
「そのつもりだけど、何かいけなかった?」
「いけないでしょう!」

またもやガシッと両肩を掴まれる。

「ななな何でしょう! あ、敬語が気に障った? ごめんね?」

顔色を伺うように見上げれば、浅野君は一息呑んでから肩を掴んでいた手を降ろした。 

「っ、こ、こんな時間に女の子が一人で帰るだなんてダメに決まってんじゃん! 水色達も何フツーに帰そうとしてんだよ! それでも男か!!」
「いや、私は構わな…」
「いーや構うね! この浅野啓吾は可愛い女の子を夜道一人じゃ歩かせないね!」
「あ、えと…」

ビシッと敬礼しながら力説する浅野君。どうしよう私じゃ止められないよ!

「かかかか、可愛いだなんてそんな私にはもったいない…」
「よってここは俺がお家までエスコードァアッ!」

後ろから黒崎君に蹴りを入れられ、浅野君はまたしても街灯のスポットライトを浴びる悲劇のヒロインへと逆戻り。背中の靴跡が痛々しい。

「あの、吹っ飛んじゃったよ…」
「あ?いいよ放っとけ。大丈夫だから」
「浅野さんと二人きりの方が危ないよね」

片足で浅野君を踏ん付ける小島君はにこやかだけど陰に混ざって黒い一面を覗かせた。

「俺らも送ってくからよ。その、やっぱ一人じゃ危ねーし」
「そうそう、最近この辺よく痴漢出るらしいよ」

危ないよねーと浅野君の上を飛び跳ねる小島君。ああ浅野君が危ない…! コノヤロウ…と小さく浅野君が呟いた。

結局送ってもらってるし。次々と話題を変える浅野君は側にいて楽しいし、笑顔で鋭いツッコミをサラリと言える小島君もいい味をだしてる。黒崎君はあんまり喋らないで私の隣を歩いてる、何か凄く安心できて、なんだか変な感じがまたくすぐったくて小さく笑った。

「井上さん、」
「何?」
「井上さん、お姉さんの方もバイトしてるの?」
「姫ちゃん?…姫ちゃんはしてないよ?」
「井上さんはしてるのに?」

何故だろう、やましい理由なんて無いはずなのにドキリとした。

「出来ることは、やっときたいから。どーせ高校出て社会に出たら一人だと思うし、今の内から何かと経験しといた方が後に役に立つかなって。ほら、私個人のことだから姫ちゃんとは違うんだよ」

本当はちょっと違う理由があるんだけど、この場の雰囲気を壊したくなくて言葉には出さなかった。親戚の方だって私たち二人分の生活費を出すのは大変みたいだから、自分で稼ごうと思うようにしただけ。まぁ自分の為だしね。(バイト楽しいし。店長さん夫婦も優しいし)

「偉いんだな」

意外そうにボソッと呟いた黒崎君に「そんなことないよ」と否定する。偉い、なんて思ってないし。どうせなら、しっかりしてるって言ってもらった方が嬉しい。 あ、とそこで思い出した…。

「姫ちゃんには、出来れば誰にも、私がバイトしてる事言わないんでほしいんだ」

もしかしたら既に知っているかもしれないけど。
「一応秘密なので」  

罰の悪そうな顔で言うと、疑問そうな顔をしながら頷いてくれた。

「じゃあ、ここで。わざわざ送ってくれてありがとう!」
「おー」
「また明日なー」
「おやすみ、井上さん」

「おやすみなさい」

アパートの前で手を振って分かれ、カンカンカンと軽快に階段を登っていき部屋の鍵を開ける、前に一度黒崎君達が歩いてる道を振り返る。丁度浅野君が黒崎君に拳骨を喰らっている所だった。仲良いなー。
ぼんやりと眺めていたら黒崎君が不意に振り返って…目が合う。何故か気恥ずかしいのに目が反らせない。黒崎君が私から顔を反らさないまま口を開く。

“あ 、た、ま”

…頭?あ、またな…?

またな、そう言った気がした。それから、ふっと笑って軽く手を振って、数歩先を歩く二人の元へ小走りで向かう。
私はと言うと、茹で蛸みたいに真っ赤になりながら彼の後ろ姿に釘付けになって、金縛りに遭ったみたいに体が動かなくなって…それなのに、脈だけは元気に動いていて…何かこそばゆくって頬が緩む。赤面症じゃないはず、あああ血圧上がるから!な、なんかロマンチックだな。黒崎君て顔に似合わずロマンチスト…何か、て、照れる!!

「あたま、やっぱ頭?なにが頭?え、またな、だよね?」
明日聞いてみようかな…。 


動けないまま五分もドアの前で立ち往生してしまった。     
またなだと嬉い