黒曜石 | ナノ
×


「おい」

けたたましく鳴り続ける目覚ましにいらつきを感じ、眠たい目をこすりながら上体を起こすと、目の前におなまえの眠る姿があった。短く舌打ちをし、鳴り続ける目覚ましへ手を伸ばす、がその手が目覚ましに触れることはなかった。俺がこれを勝手に止めていいのか? 仕方ないと思いつつ目覚ましを彼女の耳元へ置いてやった。気持ちよさそうに寝ているのを見て気が引けたけど、これでこいつが寝坊でもしたら迷惑がかかる。思わず耳を塞ぎたくなるような騒音の中でも目の前で眠る彼女には効かないらしい。不機嫌そうに眉間に皺を作ってうなるだけで目覚ましを止めようともしなかった。ったく、しゃーねえな。

起きろと一喝してやると、耳元で響き続ける目覚ましでも起きなかった彼女が目を見開きながらがばっと起き上がった。布団をつかみながらきょろきょろとあたりを見回すこいつに思わず溜息を吐きたくなった。彼女が起きたのを確認し、うるさかった目覚ましを止めた。彼女の目が俺へ向けられると、彼女は小さく目を見開いて動揺を見せた。

「あ、っ…」

小さく、声を発した後で、「…おはようございます」と昨日よりも低くかすれた声で挨拶された。なんだか元気がないのは寝起きだからだろうか。

「起こしてくれてありがとうございます」

最近目覚ましで起きてなかったから起こしてくれなかったら寝坊してたかも、と続けた彼女の瞳が誰かを思い出すように細められる。目覚ましで起きてなかった、ということは誰かが彼女を起こしていたことになる。それがきっと加藤って奴なんだろう。そして今彼女の頭の中にはきっと、加藤の姿が浮かんでいるんだろう。

「…あいたい…」

ふわり、彼女の手が髪へ伸びて、優しい手つきで撫でられる。その目はやはり愛しいものを見つめているように細められていた。嬉しそうで、悲しそうで、寂しそうな表情をしながら口元で笑ってみせるおなまえが羨ましくもあったし辛くもあった。誰かを思える幸せが羨ましいと思った。同時に、時折見せる寂しそうな顔を思い出すとこっちまで辛くなる。愛しそうな表情でほほを撫でられる。
本来ならば振り払うその手をそうしなかったのは、彼女の目が哀しげに細められたから。瞳が見えないその漆黒の目が何を思うのかはわからない、泣きたいのかさえも俺には伝えてくれない。綺麗なのに、触れられないその表情は儚く気高く、どこまでも澄んでいる。眉を下げながら再び「逢いたい」とか細い声で紡いだその唇が小さく結ばれる。呟く彼女にただ目を見開くことしかできない。頭では冷静で物事を考えているつもりなのに、動揺しているのも確かだった。彼女の指が髪に絡まって、止まって、力が抜けたようにだらりと垂れた。否、本人の意思で力が抜けたんだ。そのまま下ろした手を膝の上に乗せる。その動作の一つ一つを目で追って、ゆっくり彼女の唇を見つめた。彼女が声を発することはなかったけれど。こんだけ想われてて、こんだけ辛くさせてる奴の顔を拝んで見たいと思った。

「おい、いつまでそうしてる気だ。時間いいのか?」
「え、あ! ごめん、わ、たし…失礼しました…!」
「……いや、」

我にかえったおなまえがへらへら笑いながら 「冬獅郎君って、加藤君に似てるんだ」、楽しそうに言う。


「ごめんね」 なんて、謝るから。ますますどうしていいのか判らなくなる。
俺と、似てる?