×
下から俺を呼ぶ声がする。それに続いて「おなまえちゃん連れてきたから」って言葉が聞こえた。何が連れてきた、だよ。何で連れてきた。いや嬉しいけど何で今日連れてきた! 隣の乱菊さんが「だれ? 彼女?」と楽しそうな顔で呟いた。 「別にそんなんじゃねーよ」 それだけそっけなく残して下へ向かう。このままおなまえを追い返すことなんて出来ないし、やっぱ会わせるしかないのか。つーかあいつらの方を隠せばいいのか? いや、乱菊さんが騒ぐに決まってる。いい案が浮かばず盛大に溜息を吐き出した。ちょうどおなまえの目の前だったので、それを見たおなまえが表情を曇らせる。あ、やべ。 「よう、上がれよ」 「う、うん」 ぎこちなくおなまえが返す。多分自分が来たから俺の機嫌が悪いとでも思ってんのかな。おなまえじゃなくて上の二人に、なんだけど。まあ来てしまったものは仕方ないと諦めることにした。 「黒崎君」 「ん? なんだよ」 「ごめんね」 「は?」 「あの、今日は…」 「いっとくけど怒ってねーからな」 「え、」 「いや機嫌はまあ悪いけどおなまえに対してじゃなくて」 「………」 「ルキアの、知り合いが、来てて…」 そこまで言ってまた溜息が出てしまった。おなまえの表情に再び不安の色が見えた。 「あんま、会わせたくないのが本音」 「ど、して…?」 「おなまえが絶対気に入るから」 「…え…?」 きょとんとするおなまえに一つ笑って「なんでもねえよ」って言いながら頭をわしゃわしゃ撫でてやった。今度は殴られなかった。未だに玄関先に立っているおなまえの足元に落ちている鞄を拾って「俺の部屋行こうぜ」と促す。自分で言っといてなんだけどなんか、すげーなんか……言った後で気まずくなるようなせりふだと一人慌てた。幸いおなまえはなんとも思わなかったらしく(俺が汚いだけなのかそうなのかそうなんだな)「うん」と、笑顔を見せた。やっぱ会わせたくないよなあ。 「おかえりぃー」 「………」 「………」 部屋のドアを開けるとニコニコ(というよりニヤニヤ)している乱菊さんが出迎えてくれた。おなまえが固まるのを背後で感じた。不謹慎かもしれないが、彼女に浮気相手を見られた時のような気持ちになった。いや、実際そういう場面に遭遇したことはないけど。ものの例えだ。 「へぇーおなまえってあんた?」 「あ、はい。井上おなまえです」 「確かにねえ…はっはぁーん」 品定めするように顎に手を置いておなまえをジロジロ見てる乱菊さんに嫌な顔一つせずに、必死でコミュニケーションを図ろうとしてるおなまえが健気で愛らしかった。いやあ頑張ってるなあ。 「ん? 井上…?」 乱菊さんが井上の苗字に反応する。俺の方に視線をよこしてきたので流すように目を乱菊さんから離した。まあいいわ、そう言った乱菊さんは「確かに一護にはもったいないわねー」と続けた。カッチーン。 「く、黒崎君…」 小さな声でおなまえが俺を呼ぶ。困惑の色を映すように眉が八の字にたれているけど、やはりその目だけはどこまでも黒く何を思っているのか読み取れない。不安の欠片も映さないその目は、どこまでも黒く澄んでいてやっぱり俺には強く気高いものだと思った。不安さえ覆うほどの黒に少しだけぞっとした。怖いとかじゃなくて。 「この方たち、誰ですか…?」 彼女が浮気相手を目に困惑しているようにも見える場面に焦燥感にも似たものがこみ上げてきた。かなり不謹慎ではあるけど。 「ルキアの…あー、前言った尸魂界の奴らだ」 「あ、……」 それで納得したのか小さく頷いたのが見えた。でも何でその人たちがここにいるんだろう、と顔に書いてある。案外おなまえって分かりやすい。目だけ見たら分かりにくいけど。冬獅郎が、尸魂界の発言に眉を寄せる。冬獅郎の声に、おなまえの目がついに冬獅郎のことを映した。あーあ、と一人項垂れる俺。それから、冬獅郎を見た瞬間すごく悲しそうな顔をするおなまえ。は? 俺が思っていたリアクションと違うんだけど。ルキアが、事の成り行き(おなまえが何で死神の存在を知っていることなど)を説明してる少し離れている場所で、乱菊さんに質問攻めにあっているおなまえの横顔を見つめた。さっきの表情がどうしても気になる。 「えー! あんたって織姫の妹なの?!」 乱菊さんの声にはっとした。似てないわねえ、と呟きながら「ね、隊長」と冬獅郎に話を振っている傍でおなまえがまた悲しそうに微笑んだ。 「姫ちゃんのこと知ってるんですね」 ほんの少しだけ悲しそうな寂しそうな声に誰が気づいただろう。気づけとも思うけど、気づくのは俺だけでいいとも思ってしまう。とりあえずおなまえの機嫌はよろしくないようだ。 よくわかんねえ。もしかしたら加藤に愛想つきたとか…ないな、ないない 何考えてんのか |