黒曜石 | ナノ
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「黒崎君…」
「ん、なんだよ」
「さっきの、何?」
「…それは、」

言いにくそうに黒崎君が言葉を濁したそのすぐ後に、前方から「いっちごー!」という叫び声がした。あれ、あの声…黒崎君のによく似てる。今日はデジャヴが多いなあ。そんな事を思っていたら、前方から走ってきた彼の姿を捉えることに成功した。

「……え?」

前方から走ってきた彼は、私服の黒崎君でした。え、なにこれ。すぐ隣にいる黒崎君と、目の前にきた黒崎君を交互に見やる。え、ええええ! 黒崎君って実は双子だったの?! 何度もお邪魔させていただいてるにもかかわらず、黒崎君のご兄弟を知らなかっただなんて…! 目を白黒させながら、なおも二人を凝視する私に、黒崎君が「あー、あのな、」と切り出す。とても言いづらそうだ。

「こいつは」
「あ、!」
「あ?」
「皺のない人だ!」
「は?」

そういえば、確か、黒崎君の部屋に勉強を教わりに行ってた時の、眉間の皺を忘れた黒崎君にそっくりだ。眉間の皺ありとなしで、黒崎君ってほんと別人みたいにかわるよなあ。ん? じゃああの時私にキスしようとしてたのって、黒崎君のお兄さん(弟さんかな)? って、やっぱあれ夢じゃないの?! あの時の黒崎君…妙に慌ててたし、私が下に行ったときに入れ替わってたのかな。でもそれじゃあ黒崎君はどこに行ってたんだ?

「真実は、いつも一つ!」
「(わけわかんねえ…!)」
「黒崎君って、双子のご兄弟がいらしたんですねえ」
「は? いや、こいつは兄弟じゃなくて、その」
「とにかく、戻ったらどうだ?」
「…く、朽木さん?!」

眉間に皺のない方の黒崎さんの後ろから、ライオンのぬいぐるみを持った朽木さんが現れた。心臓に悪いよ、みんな。それもそうだな、と黒崎君は私の隣から立ち上がって眉間皺のないほうの黒崎さんの方に歩みよった。眉間皺のない彼があーだこーだ言っていたけれど、朽木さんの見事な平手によってその口は閉ざされた。

「おい! 俺の身体なんだからな!」

……はい?

朽木さんがグローブのようなものを手にはめて、黒崎さんの頭をスパンと叩いた。その直後に、彼から飴玉のようなものが転がり出てそれを朽木さんが拾って、持っていたライオンの口に放り込んだ。唖然とする私をよそに、黒崎君は黒崎君で、死んだようにうつぶせになっている黒崎さんの体内に入っていく。その様はまるで、ホラー映画なんかによくある幽霊が人にとりつく時の場面のようだった。
本日2度目の悲鳴があがった。

「おなまえさああああああん!!」
「うわあああ! ぬ、ぬいぐるみが私の名前呼んだぁ!」

飴玉を飲んだ(…ぬいぐるみが…ぬいぐるみが…!) ライオンさんが、突如私めがけて突撃してきた。しかも私の名前を呼びながら。最近のぬいぐるみの技術がすごいのはわかった。わかったけど、なんで私の名前知ってるの?! 死神の目か! 死神の目を持っているのか! 死神と契約したんですかあああああ! デスノートって存在してたのかよマジホラーなんだけどおおおおお!!

「ぐふぅウッ!」

走ってくるぬいぐるみに、朽木さんの足が入る。入るっていうか乗るっていうか踏み潰した、みたいな感じ。

「おなまえ、大丈夫だったか?」
「あ…う、うん、平気! なんともないよ。立てないけど」
「立てないのかよ!」

ツッコミ大好きの黒崎君から本日も素早いツッコミを頂きました。ごちそうさまです。

「ね、ネエサン…足、どけてくださ…!」
「おお! 忘れていた!」
「(ひ、ヒデェ…ッ!)」
「しゃ、喋った!」
「ああ、こいつは」
「(まずは足をどけてくれ!)」

簡潔に、今までのこと(あれが虚っていう幽霊の進化系で、黒崎君が死神で、朽木さんも死神で…とか)を説明してもらった。すっごい信じられない話……でもなかった。幽霊がいるんならああいう類のものがいるのも例外じゃない。死神の存在も、幽霊がいたんなら説明はつく。現実離れしているという事実に変わりはないんだけど。ここまできたらホラー通り越してオカルトだよね。

「じゃあ、私とコンは先に帰る」

そう言って、暴れるコン(ライオンのぬいぐるみの名前らしい)さんを連れて、踵を返した。

「おなまえさああああん! あん時、キスしたのはオレっすからね!」
「えっ!…あ、えと…!」
「お前はもう少し空気を読んだらどうだ、コン」
「やい一護てめえ! 送り狼なんてなってみろ! そん時ゃてめーのエロ本全部燃やしてやっからな!」
「同感だな」
「持ってねえよ、そんなもん!」
「(き、気まずい…っ!)」

微妙な空気が流れる中、黒崎君が話題提供するように切り出す。

「幽霊とか、見えてたのか?」
「………うん」
「いつから?」
「わかんない。たぶん、黒崎君のお家にお邪魔してから、ちょっとたったくらい」
「そか」

くしゃり、頭を撫でられる。その意味がなんなのかわからなかったけど、なんとなく嬉しくなった。誰かが、側にいてくれる安心感を私に与えてくれるみたい。人の温度は、こんなにもあたたかい。体温の話じゃなくて、こころの話。

「立てるか? 送ってく」
「立てるけど…力、うまく入らない」
「ん」
「っ、わッ?!」

ぐん、と右手を掴まれて、左腕も掴まれてそのまま引っ張られる。立ち上がらせてくれたのはいいんだけど、未だに足に力が入らなくてすぐに膝がかくんとなった。くの字の方じゃなくて、ノの字の方に。あれだ、足がしびれた時に無理して歩こうとして足がまっすぐにかくってなるやつ。あれ、それって私だけかな? とりあえず逆くの字みたいな感じ。かなりかっこ悪い。ので、なるべくかくんってならないように踏ん張ってみる、と今度は内股になってしまった。うおおおおおい! 意味ないいいい! 仕方ないのでそばの壁によりかかる。
「酔っ払いみてぇ」と黒崎君に笑われた。ひどすぎる!

「よ、っと」
「ぎゃ!」
「うわ、いてッ! おなまえ、加藤のしつけちゃんとしてんのかよ?! 引っかいてくるんだけど」
「キシャー!!」
「ちょ、黒崎君?! 何してんの、加藤君のしつけの前に何してんの?!」
「おなまえが歩けないっつーから、俺が代わりに歩いてやろうかと」
「担ぐの?! いいよ重いし!」
「いーって、それに3回目だし。慣れた、お前のこと運ぶの」
「なっ!(それはそれで恥ずかしい)」

私の話もきかないで、勝手に話を打ち切った黒崎君はさっさと私の部屋へと足を進めた。加藤君も黒崎君を攻撃するのを諦めたのかおとなしく黒崎君の前を歩いている。とりあえず落ちないようにしがみついておこうと思う。


乳がない分軽いはず…!
比較的にきっと