黒曜石 | ナノ
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私の好きな日は、水曜日と土曜日とそれからお給料日。そして今日はそのお給料日だったりするのです! バイト帰りに、途中まで迎えに来てくれた加藤君と一緒に公園のブランコに座る。なんか、変な図だけど誰もいないので気にすることもないかな。鞄から諭吉が入った封筒を取り出して月にかざしてみる。ああ、輝いてますお給料様。今月ちょっとピンチっていうか赤字だったから助かったわー。今週のお昼が抜きになるとこだったよ。隣のブランコに座ってる加藤君を見て「明日はちょっと豪華な夕飯になりそうですね」って笑みを深めた。加藤君はお構いなしに大きな欠伸を一つ返しただけだったんだけど。なんだよー、ちゃんと加藤君のご飯も豪華にしますよー。

「明日もバイトだし、早くお風呂入って寝なくっちゃ」

それに、体育もある。バイトの日で体育のある日は、体力温存にと体育をよくサボっていたわけなんですが、そろそろ成績がアヒルさんになりそうなのでこれ以上サボるわけにもいかない。体育って嫌いじゃないけど疲れる(これでも運動神経はいい方だったりするのです)
あ、そういえば数学の宿題やったっけ? まあいいや。明日の朝やればいいよ、うん。
ブランコから腰を持ち上げると、キイと金属が軋む音が響いた。

「行こう、加藤君」

ヒュウと風が背後から吹きぬけた。ザワザワと葉の掠れる音が公園内を包んだ。暗い公園に葉の掠れる音って、なんだか怖くなってくる。ザワザワと、風が止んでも音がする。何だかやな感じ。月は雲に隠されることもなく綺麗に輝いていて幻想的なのに、月が照らすこの一面はとても恐怖心を煽る。加藤君が足元にすりよる。ザワザワ、ザワザワ、この音は何だろう。私の、胸騒ぎの音だろうか?

「おいで、」

加藤君を抱き上げて、早足で公園の外に出る。と、横にある木から何かが激突したような音が響いた。音だけじゃなくて、砂煙までたっている。

―――‥‥?

なに‥‥? 足が急に重くなる。目の前の木が、風も出てないのに揺れてる。葉だけじゃなくて、枝じゃなくて、木が揺れてる。中心が、揺れた?
この感覚、前にも感じたような。どこかで、似たような感覚に襲われたことがあるような。あれは、いつだ? どこでだ? 思考を巡らせる前に数メートル先から突如爆発音が響き渡った。そしてそのすぐ後に、すぐ側を何かが通り過ぎて行った。通り過ぎた、というより吹っ飛ばされた感じ。ボールみたいに。すぐ横の木から衝突音がしたと思ったら今度は目の前で爆破音だなんて、不気味極まりない。加藤君を抱く手に力が入る。胸騒ぎが、大きくなるにつれて、足に鉛が絡まってしまったように重くなっていく。人間の感情って本当にやっかい。本能では逃げろって警報が鳴ってるのに、感情がいうことをきかない。怖いとか恐怖の感情が邪魔する。走らなくちゃ。ここにいたらなんだかいけないような気がして、だけど誰かにここに居ろといわれているような
あれ? 確か、前にも私、同じことを思った気がする。そうだ、逃げなくちゃ、でも逃げるなって言われてるんだよ。……誰に?

あれは確か―――?
何なのこれえええええ! 怖いんですけどおおお! またどっかで爆発したような音が響いたんですけど。何かの演出? 何か撮影でもしてんの?! 心なしか、足が、体が、重い。息がしづらいのはどうしてだろう。ちょっと走っただけなのに‥‥体力落ちちゃったのかな。あれ、呼吸、浅くなってる。普通に呼吸してたのに、息上がってるんだけど。加藤君が身震いする。ザワザワが大きくなる。やっぱりこれは、嫌な予感。

―――オレンジ、

ハッとする。オレンジ? 何でこんな時にオレンジ色が頭の中に広がるの。オレンジ? 関係ねええええ! オレンジを基点とするように、今度は周りに黒が広がっていく。あ、

「屋上で、みた‥‥」

そうだ、あの時だ。初めて、みんなと屋上でご飯を食べた時。思い出に浸ってる場合じゃなくて、そうだ、あの時もこんな感じがしたんだ。足が動かなくなって、黒とオレンジが掠ったんだ。ぐるり、後ろを振り向いて、今さっき横を通り過ぎたものを確かめる。一体、あれは何だったの。危なかったな。オレンジを期待してるのは、どうして? 突如加藤君がシャーと唸る。視界に入ったそれを見て、視線を逸らして、再確認。もう死にそう(色んな意味で)。いっそこのまま殺してくれ(色んな意味で)。夢ならどうかさめてくれ(切実に)。

「あ、‥‥っ‥」

何ですか、何なんですかあれは! 白い体に、顔には白い仮面を付けてて(悪趣味な仮面だな!) 人間よりも巨大なあれは何? 新種のパンダですか? って、んなわけあるかーい!! あんな気色の悪いパンダがいるわけないでしょう! ぼんやりと輪郭だけを捉えられるそれを重視していると、だんだん、線がはっきりしてきた。霧が晴れてくように。

イテテ、と呟きながらヨロヨロと立ち上がる新種のパンダ(仮)。

「あ、の‥‥大丈夫ですか?」
「‥! ヘェ、アンタ‥‥オレの事見えんのか」

ニヒルに笑った目の前のパンダ(仮)に背筋が凍るのを感じた。完全に足が地面に縫い付けられてしまったように、動かない。否、動けない。あの日垣間見たオレンジも、黒い塊もそこには存在していない。同じ黒だけど、こんなに禍々しくなんて、なかった。私が望んだ黒はそんなに、渦巻いていない。もっともっと気高いもののような気がする。どうして声をかけちゃったんだよ。失敗した。後悔した。私は、また……失敗した。

「…丁度イイ。アンタから先に頂くか」

卑俗な笑いを浮かべたソイツは一歩踏み出すのと同時に腕を振り上げた。


一体全体なんなんですか?!
だからコイツは