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始まりは、ケイゴの一言だった。初めていいことしたんじゃないかって思ったくらいだ、それくらいケイゴに感謝したくなった。 「なー、みんなで祭り行かね?」 「祭り?」 「そうそう、あそこの川原で明日やるんだってよ」 「おなまえさん明日はバイトですか?」 「えっと‥‥明日は何も‥‥」 「じゃあ明日決行ってことで」 みんなが祭りがどうのこうの騒いでる側で、俺はなんとなくテンションについていけなくて黙ってことの成り行きを見守っていた。時折見てたおなまえの笑顔がすげー楽しそうって顔しててつい口元が緩んで、そんな場面をルキアに目撃され鼻で笑われたりもしたが、積極的に発言はしなかった。なんか喋れなくなったみたいに、ルキアを睨むだけにとどめておいた。喋りたくない時って誰にでもあるよな。昨日は虚が普段より多く出やがったせいであんま寝てないからだと思う。楽しみなのは楽しみなんだけど。 「黒崎君、黒崎君!」 「ん、どうした?」 「あ、明日のことなんだけど」 「なんだよ。何か都合悪くなったか?」 「そうじゃなくて、あの‥‥黒崎君に、」 恥ずかしそうに俯きながら口ごもるおなまえにつられて、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。別に告白とかされるわけでもないのに。いや、そうだったらなあなんて思ったりもしたけどなんかやっぱありえないし、明日のことって言ってるし、つか明日がどうしたんだよ。ていうか俺に? もじもじしながらおなまえが 「お祭りの前に、お迎えに来てほしいの」‥‥ってオイ!何だよそれ。何の誘いだよ! 「別に構わないけど、何時に行けばいい?」 「黒崎君の好きな時間で構わないから!」 「わかった、後で電話するわ」 うん! と嬉しそうに笑顔を咲かせて、「じゃあ、電話待ってるね!」と手を振りながら走って行くおなまえの背中を見送りながら小さくガッツポーズした。 その夜、俺は約束どおり、おなまえに電話するはずだった。番号は知っていた。けど、一度もその番号にかけたことがなかったのだ。電話越しのアイツの声はどんなんだろうとか気になってたりもするんだけど、理由もない(声が聴きたいって理由があるけど、ちょっとキザ過ぎて素直に言えない)し用件もないしで、ずっとかけることを躊躇っていた。おなまえだったら、「声が聞きたくて電話かけたんだけど、迷惑だった?」って普通に言えちゃいそうなんだけどな。アイツからもかけてこないってことはそうでもないのかもしれない。素直な分行動力が少ないのがたまにキズってやつか?(まあその辺はどうでもいいけど) しばらく考えて、迷って、携帯画面を睨みつけては悩んで、迷ってを繰り返していた。そろそろ電話しないとアイツ寝ちまうかもしれねえ。30分間睨めっこしていた携帯の電話帳から慌てておなまえの名前を探した。一つ深呼吸してから通話ボタンを押した。3度目のコールでおなまえが電話に出た。声が上ずっていた。 「どうした?」 「く、黒崎君? なんでもないよ! 吃驚しただけ。あ、こんばんは」 「こんばんは」 「え、と‥‥」 「あー、明日のことなんだけどよ」 「う、うん?」 「昼くらいに迎え行こうと思うんだけど」 「あ、う、ん! なんだ、そっか‥‥よかった」 「何がよかった?」 「断られるんじゃないかな、って思って」 「んなことしねえって、とりあえず1時ごろそっち行くから」 「うん、待ってるね!」 「ん。おやすみ」 「おやすみなさい」 それから数秒無言が続いた後、「黒崎君さきに切ってよ」「いやおなまえから切れって」「黒崎君が最初に切って」「レディーファーストだろ?」「‥‥じゃあ一緒に、せーので切ろう?」「ずるすんなよ?」「しないよー!」‥‥‥なんて会話は当然なくて、数秒の無言のあとに「また明日」の言葉で俺から電源ボタンを押した。あれ、何かカップルっぽくね? デートの予定決めてるカップルじゃね? つーか明日デートじゃね? 押入れの中でルキアとコンがヒソヒソ話をしながらニヤニヤした目でこっちを見ていた。気持ち悪い。何だあいつら。 翌日、午後1時(ケイゴたちとの待ち合わせは4時)おなまえの部屋のチャイムを鳴らした。少しして私服のおなまえが玄関を開けた。 「こんにちは」 「おう」 なるべく平然を装って中に踏み入れる。おなまえの寝室に通されると、前来た時とは打って変わって物が、っていうか服が散乱していた。服だけで床が覆いつくされてる。 「何着てこうかなって、決まらなくて」 いたずらをしでかした子供のように笑いながらおなまえが紅茶と一緒に部屋に戻ってきた。テーブルの上の小物をどかして、ティーカップを置いてから床に散らかってる服をいくつか広いあげてベッドの上に重ねて置いた。 「どれが可愛く見えるだろうな、って悩んでたら、」 黒崎君が来ちゃった、って楽しそうにおなまえが言う。楽しみにしてた、とも言った。 はいはい、もうKOです。ぶっちゃけどんな服でもおなまえは可愛く見えるだろうし、どんな服でも似合うだろ。黒って大体の色と似合うし、そういう面では井上より得してるような気もする。井上って明るい色のが似合うもんなあ。おなまえにこのこと言ったらどんな反応するんだろう? 所変わって、ここは街中だったりする。どうやらおなまえさんはお買い物に来たようです。あ、俺に持つ持ち? んだよなんかショック。ただの荷物持ちかよ。 「なに買いにきたんだよ」 「き、‥‥‥着物」 「着物?」 「あ、違う! 浴衣だ浴衣!」 「浴衣って、わざわざ今日のためにか?!」 「うん、そうだけど」 「全然普通でいーんじゃねーの? ケイゴに何か言われたのかよ」 「そうじゃなくて、ちがくって! 黒崎君」 「は?」 「あのね、黒崎君に見せたくって‥‥‥」 はいはい、誰か白旗用意しろ。照れたように、はにかむように笑うおなまえは浴衣なんて着なくたって十分可愛いと思う。浴衣着たら絶対可愛いんだろうけど。見たい見たくないかで言ったら、かなり見たい、かなり。目に焼き付けたい。(浴衣なんて着たらどうなっかわかんねーな。とくにケイゴが一番心配だ) そういえば、浴衣‥‥か。おなまえの黒髪に浴衣ってずげー映えそうなんですけど。なんだよ黒髪めっちゃ得してんじゃねえか。髪なんてアップにしてうなじ丸見えなんてことになったら本気でノックダウンもんだろ。とくにケイゴが一番心配だ。俺も心配だけど。ルキア‥‥? そういやあいつも黒髪だっけか。浴衣よりもじんべえの方がお似合いだな、アイツにゃ。(ルキア:ふ、あーっくしゅん! コン:姐さん風邪ッスか? ルキア:いや誰かが私の噂でもしてるのだろう、人気者も困ったものだな) 「こっちのと、こっちの‥‥どっちがいいかな?」 「お、俺にわかるわけねーだろ!」 どっちもよく似合うし、どっち着ても可愛いと思う。決められない。つうかどっちでもいいよ。 「う‥‥黒崎君から見て、どっちが可愛いと思う?」 「ああ?!‥‥(キラキラした目ぇ向けやがって!)」 「どっちか私じゃ決められないもん」 「あー、‥‥そっちの、右手に持ってる方」 「ありがとう!」 「いや、どういたしまして?」 会計を済ませて店を出るとちょうど3時半。時間がたつのは早い。女の買い物は長いっていうけどほんとなんだな。まあ結構楽しませてもらったけど。試着室で着替えをすませたおなまえが俺の前でくるりひらりと回る。あしらわれた蝶の模様が本当に生きてるみてーに、キラキラ踊る。似合うかな、って照れくさそうにおなまえが俺を上目遣いに見ながら笑う。まるで、人形だ。真っ白肌と漆黒の髪がよく映える。着物とか和服とかコイツぜってー似合うだろ。 「うん。似合ってる」 「あ、ありがと‥!」 「ケイゴたちに見せてやんの勿体ねーな」 「えっ?」 「おなまえ」 「黒崎君‥?」 試着室に二人で入って、後ろ手でドアを閉める。おなまえの瞳が揺らぐ。頬に手を滑らせると、それにあわせておなまえの瞼がゆっくり落ちた。 俺も、落ちた。―――ベッドから。 「黒崎くううん!むッちゅうう!」 「あぎゃああああああああッ?!」 「あ、起きた」 「そりゃ起きるわボケェ! テメエコン! 何してんだテメエ! 気色悪ぃことしてんじゃねぇテメエ!」 「テメエテメエうるっせーな。お前が―― んおなまえ、なんて(寝言)気持ちよさそうに言うからノッてやったんじゃねーか!」 「なッ!?」 「どーせ、キスでもしてる夢見てたんだろ。黒崎君やらしーきっもーい!サイテー!」 「ち、ちちちち、ばっ! ちげーよ!バカ!黙れ!!」 「それに今何時だと思ってんだよ、11時だぜ、11時。日曜だからっていつまでも寝やがって」 あ、なんだ夢か。 そりゃそーだよな。おなまえがあんな大胆なわけないし。おなまえはあんなに素直じゃねえ。素直だけどひねくれてっから、あんな正直にホイホイ可愛いこと言わない。浴衣買う金あんなら夜店に費やすような女だぞアイツ。それに俺 おなまえの携帯知らねえじゃん(持ってるらしいけど)。携帯の電話帳からおなまえの頭文字と苗字を検索してみても、やはり井上おなまえは登録されていなかった。携帯を見ながらうな垂れる俺。めっちゃ寂しい男っぽい。 ――プルルル 「おーい、一護ケータイ鳴ってんぞ。いまどきプルルって笑わせんなよコラ!」 「るせーな。――はい?」 「あ。黒崎君?」 「‥‥‥おなまえ?!」 「うん、急にごめんね。さっき朽木さんに会って」 「ルキア?」 「それで、黒崎君に伝言を預かって‥‥番号を朽木さんが教えてくれたの」 「お、おう。ルキ‥朽木なんだって?」 「‥あ、っと‥‥頑張れヘタレって」 「ああ?!」 「や、ご、ごめんね! や、私が言ったんじゃないけど‥‥!」 「‥‥にゃろう」 「よくわからないけど頑張ってね!」 「悪い、またかけ直すわ。あと、頑張ってるから平気だかんな」 「うん? (一体なにを頑張ってるんだろう?)」 ――…プツッ おなまえの番号ゲットしました! 煩悩ばかりに、 |