黒曜石 | ナノ
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うちのお嬢はお人よしだと思う。俺にはよく見えないからわからないけど、幽霊と呼ばれるものの相手をお嬢は毎晩している。あれ、なんか聞こえがエロいな。とにかく毎晩愚痴を聞いては笑顔で奴らを見送っている。おいおい我が家は幽霊相談室じゃないんだぞ。俺はネコで、ご主人に言葉を伝えられないし、幽霊という存在も見えないから何一つとして助けてやれない。俺はただの居候だった。まあ飼いネコだけど。

「わぁ、もう1時回っちゃったよ」

幽霊夫婦がまーた痴話喧嘩にここへやってきて、嵐のように去って行ったあと、お嬢は時計を見て疲れた声音で呟いた。それでも俺に笑い掛けてくれる。疲れが抜けてないその笑顔は見ていてやっぱ心配になる。早く休んでほしくて、それを伝えたくて、俺はベッドに飛び乗って布団に潜った。

「加藤君 一緒に寝るの?」
くすくす笑いながらご主人が部屋の電気を消してベッドに入ってくる。ご主人の布団から出て頭の上で(ベッドの頭隅)丸くなると、ご主人の手が背を撫でた。気持ちがよくて、だんだん眠くなってくるんだけど、俺は寝ないで耐える。ご主人が先に寝てくれなくちゃ心配で俺も寝れない。数分くらいして、静かな寝息が近くで聞こえてきた。背中を撫でていた手はそのまま今も俺の背に置かれたまま。そうして俺もようやく眠りにつく。


朝、すずめの声で目がさめる。チュンチュンチュンチュンうるせえな、食うぞ! そんなことを思いながらお嬢に目線を移すと、まだすうすうと寝息を立てていた。近くにある目覚まし時計に目をやる。えーっと、短い針が7で長い針が3をさしてるから、そろそろ起きる時間かな。ところが、長い針が4をさしてもお嬢に一向に起きる気配がない。そういえば、いつもは短い針が6をちょっと過ぎたあたりで時計が鳴るのに、今日は鳴らない‥‥。本当はもうちょっと寝かせてあげたいんだけど、これ以上寝てたら学校っていうのにご主人が遅刻して困っちゃうから、起こしてあげなきゃいけない。お嬢の上に飛び乗って、ぴょんぴょんはねてみる。んー、とか寝言みたいな声を出してごろんと寝返りを打つだけで起きなかった。寝返りのせいで、俺はご主人の上から床に転がる。俺ネコだから華麗に着地しちゃうけどね。仕方ないなあ、溜息をつくつもりで一声鳴いてみた。聞こえたのはにゃあという自分の声。再びベッドに飛び乗って、ご主人さまの顔にネコパンチを繰り出した。ぽんぽんと数回叩いたあと、うっすらと目が開いた。尻尾を振ってご主人にアピール。

「んぁ?」

なんともまあ、‥‥‥間抜けな寝覚めである。ぼけーっと、俺を見ていたご主人が何気なく目覚ましに目をやる。と、途端に半開きだった目がぱちっと開いて、普段よりも目が大きくなった。わあ。

「にゃあ」
「ちょ、これ、あれ?!」
「‥‥‥」
「7時半!?‥‥7時半?」
「にゃあ」
「んだよ、まだ全然平気じゃん」

全然平気と言っておきながら、全然平気というわけでもないようだ。そりゃそうだ。いつもなら6時ころに起きて朝ご飯を作るのに、いつもよりも1時間近く遅い起床なのだから。今日はシリアルかなあ、などともらしているあたり全然平気じゃないだろ、やっぱ。棚に並べてあるいくつかのコーンフレークの箱を見ながらご主人が今日はどれにしようかなあ、なんて楽しそうに呟きながら選んでいた。俺としてはチョコクリスピーがいいなあ、なんて。俺ネコだし食えないんだけどね。
皿に牛乳を注いでいるご主人を台所に残して、部屋に戻る。お嬢の所に戻ると、俺の分の朝ご飯まで用意してくれてた。笑顔で振り返ってくれるのが嬉しくて、嬉しくて、尻尾が揺れた。口にくわえたブラシをご主人に渡すと、「おー! ありがとー、やっぱ加藤君頭いいね!」 いい子いい子と頭を撫でられる。俺、やっぱこの人好きだ。

雨の中、俺のことを見つけてくれてありがとう。言葉に出来ないのが悔しい。俺の体は小さいけど(ネコだしな!) 全身で感謝を示してるつもり。イメージでいうと、あのクロサキとかいう男の図体よかはるかにでかいくらいの気持ち。体のでかさで気持ちが決まるわけじゃないんだけど、俺の体よりも、クロサキ(俺コイツ嫌い!) よりもでっかいでっかい気持ちだってこと。俺はご主人が好きだから、拾ってくれたあの時から、俺はあんたから離れないんだ。


いい子にしてるから離さないでよね
上限なんてない