黒曜石 | ナノ
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「加藤君」

学校から家へ直行して、加藤君に声をかける。頭のいい加藤君は呼んだらすぐに来てくれる。これ猫自慢。

「お買い物行くけど、一緒に来ますか?」

制服から私服に着替えながら加藤君にたずねる、そうすると甘えるように足元に擦り寄ってきて「にゃあ」と一声鳴いた。買い物に行く前に、冷蔵庫の中身を再確認しておく。今日は卵が安い日なのでちょうどいいから買ってこなくちゃな。

「あ、牛乳も買わなくちゃ」

加藤君が冷蔵庫を覗きこむ私の側で、空になった牛乳パックに猫パンチを繰り出していた。

「お腹壊しちゃうからあんま飲まないでくださいね」

この前も、油断している内に飲まれてしまった。朝食のシリアルを食べ終わった時のことだった。その辺を今度ちゃんと躾ておかなくちゃ、と決めて加藤君を睨んでやった。彼はのんきに尻尾を振るだけだったけど。財布と鍵だけ持って玄関を出る。数歩前に、加藤君が階段の上で私を待っていた。おりこうさんなのかしらないけど、お出かけする時はこうしてすぐそばを歩いてくる。猫にしては珍しいんじゃないかな。
気まぐれなのが猫なんだろうけど、気まぐれにしては懐きすぎだとも思う。彼は寂しがりやさんなのかもしれない。そうすると、学校に行っている間、ずっと一人にしていると思うとなんだか寂しくなった。学校には黒崎君たちがいるけど、加藤君は家で一人何だよなあ。
窓は開けてるから、多分一人で散歩に行っちゃうんだろうけど、実際どうなのか知らない。たまに、足元に泥がついてたりするから、きっと一人でお出かけはしてるんだろうな私が家に居るときは、一人で外に行ったりしないし、行きたそうでもなかった。
犬と散歩ならよく見かけるけど、猫とお散歩してる人って少ない気がするなあ。見たことないだけで結構あるのかもしれないけど。

「今日はね、シチューにしようと思うんですけど、どうですかね」
「にゃあ」
「カレーと迷ってるんだよなあ」
「‥‥‥」
「ていうかシチューの材料で肉じゃがだって作れちゃうよね」
「にゃ、」
「じゃがいもとにんじんとたまねぎって偉大だわ」

はたから見たら独り言ぼやいてるように見えるんだろうなあ。私自身途中から独り言になってる気がしないでもないし。加藤君は相槌を打ってくれるように鳴いてくれる。ほんとこの子すごいわ頭いいよこの子絶対。誰かに、親バカと言われた気がした。う、自覚あります。

「やっぱカレーかな、でもシチューもなぁ」

本格的にカレーかシチューかで悩み始めた時、加藤君がふいに足元に擦り寄ってきた。

「ん?」

見上げながらにゃあにゃあ鳴く姿がなんて愛らしいこと。思わず笑みが漏れる。いつもならマイペースに私の後をついてくる加藤君が足元に擦り寄ってくるのは珍しいな。そう思っていたら、前方から私を呼ぶ声がした。加藤君が足元から離れて目の前に立つものだから、足が自然と止まってしまった。

「おなまえ?」
「あ、黒崎君、こんにちは」

おう、と短く返した黒崎君が、加藤君を見つけるなりぴくりと眉を動かす。なぜか黒崎君は加藤君を敵視してるとこがある。加藤君も加藤君で威嚇始めるし。なんなんだこの二人は(1匹)。

「買い物か? 加藤連れて」
「うん、黒崎君は?」
「水色たちとちょっと遊んできた帰り」

機嫌悪くなり始めた加藤君を抱き上げてなだめる。黒崎君は不服そうな顔で加藤君を睨んでいた。加藤君を塀の上に置くと、彼は彼で勝手に先に進んでしまった。多分先にスーパーに行くんだろう。スーパーの場所まで一人でいけるなんて偉いでしょう。にまにまと顔の筋肉を緩ませていると、黒崎君お得意の平手が頭に飛んできた。すぱーん、頭の上を一瞬撫でるような彼の平手は痛くはないけどいきなりやられると怖い。あのキレはすごいと思う。

「何ですか」
「そうだ、買い物行くんだよな」
「あ、話そらさないでください」
「付き合おうか?」
「はい‥‥?」
「荷物持ちくらいにはなるけど」
「や、悪いよ!」
「気にすんなって。そこのスーパーか?」
「そうだけど」
「あそこ今、食パンの安売りしてたぜ」
「なんですと?」

きくやいなや、黒崎君の手首を掴んで走り出す。うおおっ、という不意をつかれた黒崎君の声なんてお構いなしにスーパーへの道を急いだ。


加藤君を発見。どうやらそこで待ってるそうだ
公園のベンチに、