黒曜石 | ナノ
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体育倉庫の上でうずくまる。あんなところで、みんなの前であんな事を口にしちゃうなんて…“姫ちゃんなんて、お姉ちゃん いらなかった”

自分で口にした言葉を思い出して、すごく切なくなった。むなしくなった。自分の発言には責任を持てというけれど、責任ってなんだろう。責任を持て、って何? 確かに、全部がってわけじゃないけどあの言葉に偽りなんてないけど、責任なんて、持てない。持ちたくないといってしまったほうが正しいか。姫ちゃんがいてくれて良かったと思う時もある。私の唯一の肉親でもある彼女は私の大切な人に変わりはないのだ。

「あれは、ないよなぁ……」

嗚咽だけは漏れないように、無理に笑い声を混ぜて吐き出した言葉なのに、余計に凹んだ。立てた膝に頭を預けて、膝を抱える。姫ちゃん本人に言うなんて、私どんな神経してるんだろ。人間失格でしょう。最低だよ。姫ちゃんを泣かせてしまった、傷つけちゃったな。それから、姫ちゃんを大事に思ってる人達のことも巻き添えに傷つけた。

「戻りづらいな」

自業自得なのだが、それでは色々と困るのだ。こんな時も自分を優先させようとしてるよ。とことんいやな奴だな。

――― また、一人ぼっちだね。誰かの声が頭の中に響く。その声は私だ。心の中の、自分。酷く私を見下している。いつもは、私を励ましてくれる彼女も今度ばかりは味方しない。自分自身の味方をしないのは、罪悪感があるからだ。私がいる、わたしを私が理解してるから…そんな風にいつも考えて一人ぼっちを誤魔化してきた。それさえも今回はできない。後ろめたさを隠しきれないからだ。気分はどんどん沈んでいく。預けた頭が膝から離せない。

「おなまえさーん!」

頭上から朽木さんの声がした時やっと頭を上げることが出来た。窓下2mのところにいる私からは朽木さんの姿を捉えることが出来ない。朽木さんが居るであろう、非常階段の踊り場に行くには一旦体育倉庫から下りて校舎に入ってから、また非常階段まで行かなくてはならない。私の(所有地じゃないんだけど)秘密基地は一方通行なのだ。

「朽木さん…」

探しに、来てくれたの? 私を、探してくれるの? 気付いて欲しいけど、気付かれたくない。矛盾しているけど、何故彼女が私を探すのかわからないまま彼女に見つかってもいいのだろうか気になってしまう。でも、そのことに意味があるのなら私が逃げちゃ朽木さんに迷惑がかかる。彼女は私を探しているのだから。

「く、朽木さんっ!」

躊躇いがあるのも事実なので、声に安定感はなく所々裏返ってしまった。そして情けないことに震えていた。うまく声を出せなかったのだが聞こえただろうか。

「そこか!」

“そこか”…?朽木さんにしてはらしくない言い方…声も若干低く聞こえた。気のせいだろうか。ひょこっと窓から顔を覗かせた朽木さんが、真下にいる私に気付く。一応ここは私の秘密基地だったので気付かれるのには多少なりと抵抗があったのだが、私を探してくれるんだったら知らせたいのも事実なのだ。探してもらうことってあんまりないから、嬉しい。少なくとも私を必要としてくれているってことだから、損得前に喜んでしまう。

私に気付いた朽木さんにとりあえず軽く顔の横で片手を振ってみる。彼女の視線は真っ直ぐ私に向けられている。それにしても、どうして朽木さんが私を探すのだろう? やはり理由が気になる。私と彼女はあまり言葉を交わした事がない。会ったら挨拶するくらいで、至って義務的なものばかりだ。5本指に入る回数しか話したこともない私を探している……―― 何故?
そういえば私女の子のお友達っていないかもしれない。友達自体が少ない私だから仕方のないことかもしれないが、いないよりはましなのだけれど、やっぱり女の子と仲良くしたいと思った。こんな時にあれだけど。

「おなまえ!」

あ、あれ? 朽木さん今私の名前呼んだ? 目をぱちくりしてる間に朽木さんは窓から飛び降りて私のすぐ横に着地した。決して広いとは言いがたい体育倉庫の上が、今はいつもよりも狭くて怖くなった。私以外の人がここに居たことがなかったからなのかもしれない。新鮮だとも思う。

「見つけましてよ」

ニヤリ、笑った朽木さんはどこか別人のようだった。口調はいつも通り……に戻ったというのに。

「探して、くれたの」

どうしようかな。嬉しいはずなのに素直に喜べない。何で私を探しに来たの?
私に――― 謝らせるため?

姫ちゃんに、頭を下げさせるため? そうだとしたら、困った。まだ、謝れる自信が持てない。確かに私が悪いし、間違ってるのだとしても。もうちょっと素直になる時間がほしい。できれば、今はそっとしておいてほしいという願いもあったのだが、残念な事に朽木さんは元から姫ちゃん関連で私を探しにきたらしい。朽木さんの表情というか雰囲気がいつもよりピリピリしているのは、きっと私を怒っているからなんだろうな。

「何故隠れる」
「………」
「どうして逃げる」
「だ、だって、姫ちゃんに…ひどいこと言って…いづらいし」
「莫迦者!」
「はひっ?!」

やっぱり朽木さんがおかしい。怒っているからなのか知らないがキャラが崩壊している。いつものお嬢様口調をどこに置いてきてしまったのやら…。

「お前は悪くない。そこまで自分を責める必要はないんだ」
「そ、」
「自分を責めて逃げているだけだ。向き合わないだけだ、今より先を考えるのがいやで逃げ出しているだけだろう」
「ちが、」

違う、そう否定したいのに出来ない。朽木さんの言葉は正しい。今の自分を責めて、先の事を考えようとしない臆病者だ。逃げることを得意としている私だから仕方ない。

「それに、お前はチビなんだから隠れられたら探すのが大変じゃないか!」
「ち、ちびっ…!」
「チビが隠れてどうする!チビならチビらしく背伸びでもしていろ!」
「またちびって…」

た、確かに今はしゃがんでいる私より朽木さんの方が私を見下ろす形になってはいるけど…立ったら私の方が朽木さんよりも10pくらい大きいよ!(目算)

「背伸びって…堂々としてろってこと…?」
「知らん。そんなことは自分で考えるんだな」
「(知らんって! スパルタ…!)」

やっぱりいつもの朽木さんじゃない! いつもの朽木さんは私のことを名前で呼んだりとか、お前とか呼ばないし、口調もこんなんじゃないし。なにより、チビなんて言わないっ…!

「言い逃げしたまま、向き合わないつもりか?」
「…………」

無言で首を振る。このままじゃ、いけないのはわかってる。でもどうしたらいいのか、次に何をしたらいいのかわからない。だって私はいつも間違えるんだから。正しい答えを導きだせないのだ。自分を信じることは素敵なことだ。それが私には出来ない。いつも自分を疑っている。自分の考えや答えを信じきれない。自分で答えを見つけなくちゃいけないのに、見つけられない。間違った答えさえも浮かばないんだ。謝って修復できるようなことでもないだろう。謝ったところで姫ちゃんの傷が癒えるわけじゃない。私が形にしてしまった言葉はもう取り消せないんだ。

「お前は、色んな事を考えすぎだ」
「それ…姫ちゃんにも言われた」
「おなまえ」
「はい、」

朽木さんの視線が真っ直ぐ私を射抜く。目を逸らしてしまいたい。だけど逸らしたらまた逃げることになる。

「髪が乱れてるぞ」
「あ…ここまで全力疾走したから」

もっとキツイお叱りを受けると思っていたから、吃驚した。そういえば今日は風が強いな。朽木さんが眉間に皺を寄せたまま、指で髪を梳いてくれる。人に髪を弄られることなんてなかったからなんだかくすぐったい。人の温かさを、私は知ってる。人に触れられる温度を、知ってる。

「よし。直った」
「あ、ありがとう」
「…この髪のように、すぐに直る」
「え」
「井上は、ちゃんと解っている」
「……………」
「本当は、嫌いじゃないんだろ」

小さく首を縦に振る。

「安心しろ。浅野も小島やチャド達も私も解っている」

顔にかかった前髪を朽木さんが梳くって耳にかけてくれる。目じりを下げて笑った朽木さんに何だか涙が込み上げてきた。

「私はお前を信じている」
「な…なに、を?」
「お前は出来る奴だ。だからお前も信じればいい、奴等はお前を放っときはしない」

無論私もだ、そう言って笑った朽木さんは輝いて見えた。

「ここは、眺めがいいな」
「わ、私のお気に入りの場所で…」
「……邪魔してしまったか?」
「ううん!そんなことないです!」
「そうか。…そうだ、明日はここで昼食を摂ろう、2人で」

約束だぞ。その言葉と私を残して、朽木さんはひょいと倉庫の上から飛び降りた。

「ちょっとそこで待っててくれ」

そう叫んだ朽木さんが走り出して再び校舎の方へと消えたのを見送ってから、気付く。

「朽木さんて…二重人格?」


「あとは貴様の仕事だ」
曝け出した素顔