黒曜石 | ナノ
×


「今日もおなまえさんすぐ帰っちゃったね」
「バイトの日じゃないんだろー?」
「特売セールの日でもなかったと思うし」
「用事でもあるんじゃねーの?」
「にしてもここ最近毎日だぜ?」
「そんなに気になるんでしたら、井上さんにお尋ねしてみては?」
「あー、何か聞いてるかもね」
「朽木さんナイッス・アイディーア!んもう天才ッ!」
「いやだそんな…」
「(最近更にグレードアップしてんなコイツ…)」

水色が掃除当番の井上を呼び出す。井上と一緒に何故かたつきまでついて来た。水色と啓吾が説明している横で「何であんた達が織姫の妹の事気にしてるわけ?」とたつきの疑問の声が耳に入る。「気にしちゃ変かよ」と答えれば「別に」と返される。随分とどーでもよさげっぽい声だった。気になったんじゃのかよ。変な奴。

「何か聞いてない?」

少し考える素振りを見せた後思い出したように「ああ!」と手を叩いた。その拍子に持っていた箒が倒れ俺の足の上に落ちてきた。地味に痛かった。倒れてきた箒を拾ってたつきに押し付ける。(「あんたが持ってればいーじゃん!」と文句を垂れていたけど敢えて無視した。テメーも掃除当番だろうが 動けよ)

「おなまえちゃん、最近加藤君にお熱みたいなんだよね。べったりなの!」

加藤君に夢中であたしそっちのけだもん、と更に井上は続けた。井上の表情は何故か嬉しそうだ。その場に居た全員が氷ついたのは言うまでもない。呆気にとられて言葉を出せないで居るが皆の心中は『加藤君?!』という疑問で一丸となっていることだろう。いやマジで加藤って誰だよ。お熱ってどーゆー事だ。べったりってどーゆー意味だ。ただ一人ルキアだけが「ほほーう」(勿論俺にしか聞こえない程度の声で)楽しそうに呟いた。今コイツの目光ったような気がするんですが。(楽しんでやがるな)

「毎日早く加藤君に会いたいってそればっかり。ラブラブでこれまた熱いんですよ。寧ろ暑いかな。春だねえ。寧ろあの二人のまわりは夏っすよ」

全身をバットでめった打ちにされた気分だ。加藤君?は?加藤君?!誰だよソイツ加藤君ってなんですかァァァ!! 皆が一斉に掛けだしたのと、たつきの「織姫の妹ってさあ大人しそうな顔して凄いんだね」 いう言葉が吐き出されたのはほぼ同時だった。

「凄いってなにが?」
「大人みたいな?」
「そう…?」

この時、俺達(たつきも含めて)全員が勘違いしているとは知らないのである。


「オイ!どこ行くんだよ!」
「おなまえちゃん、の!家に、決まってんだろ!」
「そーゆー一護こそどこに行くつもり?」
「おなまえン家だろ!」
「どこの馬とも知れねーヤローにおなまえちゃんはやれないね!」
「恋愛遍歴を汚させはしませんわ!」
「何でテメーまでついて来てんだ!」
「もしもの事があったら…!おお恐ろしい!」
「……む」
「チャドお前居たのか!」

ギャーギャー叫びあいながら暫く走っていると見えてきたおなまえの部屋に我先にとスピードをここに来て更に上げるケイゴと水色そんでもって朽木サン(ホント何しにきたんだコイツは!)
ばたばたと迷惑お構い無しに階段を駆け上がって部屋の前で急停止する。どこのギャグ漫画だよ。
啓吾とルキアが呼び鈴を高速で押しまくる。(ピポピポピピピポポーンみたいな)つーか片方でいい!片方でいいから! 2人して同時に小さいボタンを押しまくる光景は色々と強烈だった。目がマジだ。互いの指が絶妙なタイミングとバランスでぶつからないのがまさに高クオリティだと思った。つーか超迷惑だろ。

「はーい」

はた迷惑なこいつ等の行動も(連続であれだけチャイム押されてうるせーだろうに) 何とも思ってないようないつもの柔らかいトーンでおなまえが答える。ガチャリとドアが開く。真っ先に声を掛けたのはもちろん啓吾だ。こーゆー時先頭切って張り切るのはコイツしかいない。
  
「おなまえちゃんんんん!」
「あ、浅野君…? あれ、小島君たちも…」
「無事でしたかァァァァァァ!」
「え、えええ?」

ぐわし、っと両肩を掴まれ揺さぶられてるおなまえをみて、ああ可哀想にとちょっと同情した。こんな時の啓吾の気迫といったらとんでもなく暑苦しくそして恐ろしいものがある。目ン玉カッ開いて切羽詰ったような表情に鼻息荒くした男に迫られりゃ誰だって怖いか。おなまえのやつ涙目だよ。

「おなまえさん、加藤って誰?」

にこやかな笑顔を浮かべて本題を水色が切り出す。この場面で笑顔の水色も怖い。貼り付けた笑顔がめっちゃ怖い。啓吾にツッコミを入れないあたりが余計怖い。おなまえもそう思ってたのか普段見せないような困った顔をしながら目を逸らした。それから頬を赤くして俯い…はああ?! なんで顔赤くなるんだよ! どこに赤面する要素があったんだ!

「だ、れにそれを…」

言いたくないのか俯きながら言ったおなまえに少しばかり疎外感を感じた。井上に言えて俺に言えないことか?俺と目が会って少し安心したような顔をしたおなまえに、思わず助け舟を出そうとしてしまったが今回ばかりは閲覧側に徹しようと誓おう。隣でニヤつくルキアを睨んでおなまえから顔を逸らした。ホレホレなんて何を期待してんのか知らないが(本当は手に取るようにわかる)肘で腕を突付いてくんじゃねええええ! は乗り込まねーかんなァァァ!

「あっ! 藤君出てきちゃダメだって」

慌てたように声を出したおなまえに、俺達の目は(待ってましたと言わんばかりの早さで)部屋の奥に集中した。
――― が、誰も居ない。加藤君誰だよ。どこだよ加藤君。

「待っててって言ったのに…」

ちょっと嬉しそうな声でおなまえが加藤君とやらに声をかけた。だからどこだって。部屋の中からおなまえに視線を移す。おなまえが何かを抱えていた。今度は腕の中に視線が集中する。白い猫が尻尾を揺らしながら抱きかかえられていた。ソイツは俺達を見るなりおなまえの肩によじ登って顔に擦り寄った。まるで、俺達に見せつけるように。くすぐったそうにおなまえが笑えばソイツは満足気にまた鳴いておなまえの腕の中に戻ったが、俺は不満たらたらだ。なんて猫だ。

「加藤君です」

両手で猫(加藤君)を胸の前で掲げながら笑うおなまえにこの場に居た全員の目が点になったのは言うまでもない。チャドだけは怪しげな手付きで加藤君と呼ばれる(生意気そうな)猫を触ろうとしていた。直後猫パンチを喰らっていたが(それでもチャドは嬉しそうだった)

加藤君なんて言うからてっきり…なんだ、そっか。


みんなで脱力タイム。
紛らわしいわ!