黒曜石 | ナノ
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スキップしそうなくらい軽い足取りで黒崎君の元まで急ぐ。確かまだ教室に残ってたはずだ。早足のつもりなのにスキップ感覚になってしまう辺り今の私は相当有頂天らしい。教室に入って黒崎君の席を見ると(お忘れかもしれないが彼は私の席の隣だ)腕を枕にしながら頭を預けている姿が目に付いた。もしかして寝てる? 寝てるとしたら起すのもどうかとおもったが、とりあえず目が開いていたので起きているとふんで声を掛けた。目をあけたまま寝る人ってホントにいるのかな?なんて考えながら。

「黒崎君黒崎君!」

一番に伝えたくて黒先君の元へきたはいいが、名前を呼んでから気付く。つい先日(2週間前)から、私の勝手な行動でギクシャクしていた事を思いだす。何で呼んでから気付く…! とんだアホだ。バカ! 私のバカ! 先ほどまでのアホ全開の顔が引っ込み、神妙な顔つきになるのが自分でもわかった。だらだらだらと冷や汗が伝う。実際伝うほど出てないけどここはちょっと大げさに伝えてみました。黒崎君の方も私を見るなり目を見開いて驚いている終いには顔を上げたまま硬直してしまった。彼は私の言葉を待っているのだ。何か、何か言わなくては。こう気のきいた言葉を。仲直りってどうやるものなんだろう? どうしたら仲直りって出来る? 今まで友達と喧嘩なんてしたこともないし、仲直り、ってほど何かあったわけじゃない。直すだけの仲がなかっただけなんだけど。そもそも喧嘩って何が喧嘩なんだろう。私達は今喧嘩してるの? こういうのを喧嘩というのか。初歩的なこともわからない自分に涙が出そうだ。わからない、何をしたらいい? どう切り出していいかわからず、お互いに硬直状態が続く。

「え、っと…」
「おなまえ?」
「っ…あの、私…黒崎君に伝えたい事あって」
「………」

黒崎君が、私を、呼ぶ。名前で。まだ、名前で呼んでくれるの? 冷たくしたのに、恩知らずなことしといて。まだ、黒崎君に甘えようとしてるのに。黒崎君が私の名前を呼んでくれて、何故か私はそれをきいて安心して。彼なら、きっと大丈夫なんじゃないか、って甘えた考えに行きついた。ズルイ奴。こんな自分が嫌なはずなのに、こういう関係がちょっといいな、って思えた。友達って、こういうもの?

「自分勝手、ってわかってるんだけど、きいてもらいたくて」
「…なんだよ」

長い沈黙の後黒崎君の口が開く。その声に棘があったのは気のせいじゃないだろう。…うぅぅ。

「……ご、」

ごめんなさい。まずは謝らなくちゃいけない。私のせいで彼は怒ってるんだ。彼を、傷つけてしまったんだ。棘のある声を出させてしまったのは私なんだ。ぐさりと胸に刺さった棘を抜かないように声を絞り出す。(私なりの報いである。甘えたままじゃだけですよね。飴と鞭、あれ使い方間違ってるよ)
自分勝手過ぎた。その事を心から恥じた。また、浮かれてた。いちいち調子にのり過ぎて困る。私はどうも単純すぎるんだ。単調な思考だ。黒崎君は私の言葉を待っててくれてるんだ。言え、動け私の口!

「ご、」

いざとなって、言えない。なななななんで…?! 私がぐずっているあいだに始業の鐘がなる。

「あ…っ」
「次、移動教室じゃなかったか?」
「……、…」

教科書とノートを手に立ち上がる黒崎君をただ立ちすくんで見詰める私。その間に黒崎君は私の横をするりと抜けていく。一瞬鼻につく黒崎君の匂いが、鼻の奥を刺激する。目の前が、揺らぐ。景色が、ぐらぐらと。輪郭が歪んでいく。悔しい、苦しい、情けない。黒崎君の優しさが好き、だけど、それが痛い。寂しいよ。数歩先のオレンジが崩れる。

「く、」

廊下に出る前に黒崎君のシャツの掴んだ。くん、と少し後ろに引かれた黒崎君の足が止まる。待ってください、お願いだから。私の事、バカヤロウって叱ってください。もう私ってほんとだめ。何も出来ないし、鈍いし。でも頑張ったら、私でもなにか出来るかな?やれば出来る、みんなそうでしょう? 出来る事はしとかないと後悔する。後悔しないために頑張る、今は、これが私。随分と自分勝手な理由だ。

「くくくく黒崎君…!」

手を離せば、黒崎君がゆっくり振り返る。そのまま、黒崎君の指が目元まで伸びてきて、涙を拭った。

「俺と、話したくねーんじゃねえのかよ」

やっぱり、とげのある言い方で、また涙が出てきた。自業自得なのにね。身から出た錆び。なのに、私が泣くなんて、だめじゃん!


黒崎君の呆れたような溜息が痛かった
泣きむしは健在